反応機構クイズ (2) の問題は、下の反応のメカニズムは?でした。
素直に反応機構を考えると、まずはマイケル反応が考えられます (下図、反応機構の矢印は省略)。しかし、マイケル付加体と問題の生成物とではニトリルの位置が異なります。
そこで、例えば次のような反応機構も考えられます。マイケル付加体のエノラートがニトリルに付加して iminocyclobutane 中間体を経由して生成物に至るという経路です (下図)。
しかし、ニトリルよりもエステルに付加が行くだろうとも考えられます。つまり、エノラートがエステルに付加-脱離を起こして cyclobutane 中間体へ、その後メトキシドによる開環とニトリル α 位からの巻きなおしが起こって生成物を与えるという機構です (下図、cyclobutane 中間体以降の矢印は省略)。
しかし、上のような反応機構は実際の反応経路ではありません。正解は、マイケル付加で生じるエノラートと反対の α 位のエノラートからエステルへ付加-脱離が起こって bicyclo[2.2.2]octane 中間体へ、その後メトキシドによる開環を経て生成物を与えるという反応機構です (下図。こちらの方がひずみが少なそうですね)。
この反応機構の面白いところは、
生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基である、という点です。一方、cyclobutane 中間体経由の機構では、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基です。そしてこれが反応機構検証のポイントになります。
1975 年の報告
[論文] では、14C や 13C でラベル化したシアノアセテートを利用して反応機構を検証しています。14C ラベル体の実験では、生成物の側鎖のエステル部分を Barbier-Wieland 分解によってベンゾフェノンとして切り出し、非放射性であることを確認。つまり、生成物の側鎖のエステル部はシアノアセテート由来ではないということです。13C ラベル体の実験では、シクロヘキサノンのカルボニル基部分に 13C が組み込まれていることを生成物および誘導体の NMR で確認。つまり、シクロヘキサノンのカルボニル炭素はシアノアセテートのカルボニル炭素由来だということです。これらの実験から、この反応は cyclobutane 中間体経由ではなく bicyclo[2.2.2]octane 中間体経由の反応機構であると結論付けられています。
この反応 1 つで 2 度びっくりできそうです。まずは反応の結果、マイケル反応だけをねらって反応を仕込んだらニトリルが思わぬ位置に入っていた、という驚き。そして反応機構検証の結果、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基だった、という驚き。有機化学っておもしろいですね。
[論文] "Mechanism of the abnormal Michael reaction between ethyl cyanoacetate and 3-methyl-2-cyclohexenone"
J. Am. Chem. Soc. 1975, 97, 666.