環状ポリエーテルの生合成に迫る!水を用いたエポキシド開環カスケード反応

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シガテラ食中毒の原因成分の シガトキシン (Ciguatoxin) や、赤潮が発生させる神経毒の ブレベトキシン (Brevetoxin) などの海産毒は「環状ポリエーテル類」と呼ばれ、その構造の複雑さから全合成の良いターゲットとされてきました(構造はリンク先参照)。

さて、海洋生物はいかにしてこんな複雑な化合物を作るのでしょうか?

実は生合成経路の詳細は未だに明らかになってはいません。しかし現在最も有力視されている仮説として中西香爾教授の「エポキシド開環カスケード生合成仮説」があります(Toxicon, 1985, 23, 473.)。すなわち、上図に示すようにエポキシドが連続的に分子内で開環を繰り返すことで環状ポリエーテル骨格を一挙に構築するというものです。これは一見複雑な環状ポリエーテル類を極めてシンプルに作り上げる美しい仮設です。

この仮説の唯一の問題点は、実験室でこれを再現しようとすると「エポキシド開環カスケード生合成仮説」は速度論的に不利だということです。というのは、Baldwin 則 では 5-exo-tet 環化も 6-endo-tet も起こりうるとのことですが、実際に試みるとテトラヒドロピラン環の生成よりもテトラヒドロフラン環の生成が優先するのです。


しかしこれを打ち破ったのが今回紹介する論文の Jamison, T. F. の仕事。

"Epoxide-Opening Cascades Promoted by Water."
Vilotijevic, I.; Jamison, T. F. Science, 2007, 317, 1189.

結論から言えば、先ほどの選択性は有機溶媒中の話だったわけです。水を溶媒として用いた場合、望みの方の選択性で反応が進行することを見出したのです!「エポキシド開環カスケード生合成仮説」は生体内(つまり水中)の反応なので今までなぜ試さなかったのだろうという気もしますが、この仮説を支持する強力な実験結果になることは言うまでもありません。


ちなみに上記反応の収率は71%ですが、エポキシド1個あたりの収率にすると89%となります。そう考えると恐ろしく効率的かつ高選択的な反応だと言えるでしょう。論文中では選択性の pH 依存性(中性が良い)や、THF/H2O 混合溶媒系での水の割合依存性(水が多い方が良い)についても言及されています。

肝心の反応機構ですが、水の存在が選択性に関与することから反応の遷移状態に水が組み込まれていることは間違いないと思うのですが、まだよくわかっていないようです(仮説のようなものが論文中に記載されているので興味ある方はご覧ください)。今後、反応機構についての詳細な検討が楽しみな研究内容です。


気ままに有機化学 2007年09月07日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

アルコールとアミンから直接アミドを合成!

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ルテニウム触媒を用いてアルコールとアミンから直接アミドを合成する方法が Science に報告されました [論文]。反応は極めてクリーンで副生成物として水素を発生するだけだそうです (酸化剤や縮合剤は不要)。

この研究の背景として、Milstein らはルテニウム触媒を用いた1級アルコールをヘミアセタールを経由してエステルへと変換する方法を報告しています(Dalton Trans., 2007, 107-113.)。ここで、アルコールにアミンを加えればヘミアミナール経由でアミドができるのではないかと考え、試みたのが本報だそうです。実際、芳香族・脂肪族アミドを収率よく合成することに成功しています。

さて、気になる反応機構は次のように提唱されています。

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まずアルコールを触媒的に脱水素化しアルデヒドにします。アルデヒドはアミンと反応してヘミアミナールへ。これがさらに触媒的に脱水素されてアミドを形成するそうです。このプロセスにおいて、触媒の非芳香族化されたピリジン単位が可逆的に芳香族化すること、アミンリガンド部が可逆的に開閉するところが「ミソ」なようです。

ちなみにアルコールやヘミアミナールがルテニウムに結合することからわかるように、この反応は基質の立体障害に敏感です。アルコールやアミンのα位に置換基が入ると収率が低下、また2級アミンではアミドを生成せず、アルコール2分子からエステルができるだけだそうです。

1つ個人的に気になったのは、反応機構で 2→1 がちょっと疑問です。2→1 のメカニズムを明らかにして欲しいし、2→A/C な経路の可能性もありそうな気がするのですが…。みなさま、いかがでしょうか?

[論文] "Direct Synthesis of Amides from Alcohols and Amines with Liberation of H2" Chidambaram Gunanathan, Yehoshoa Ben-David, David Milstein, Science, 2007, 317, 790.

気ままに有機化学 2007年08月27日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

アッペル条件下でのホスフィンの不斉酸化


アッペル反応(Appel Reaction) はホスフィンを用いたアルコールのハロゲン化反応として有名ですが、よくよく考えるとホスフィンの酸化反応と考えることもできます。そこで、キラルなアルコールとラセミ体のホスフィンをアッペル条件に付せば、ホスフィンの不斉酸化が可能なのではないのでしょうか?この「逆転の発想」が JACS に最近掲載されていました! [論文]

不斉リン化合物は不斉触媒などにも用いられるため、効率的・高選択的なホスフィンの不斉酸化反応の開発は重要な課題の1つだと思います。この反応に関して3点ほどコメントを。

1) 溶媒選択
当初は通常のアッペル条件、つまり CCl4 を溶媒に使っていたのですが reflux が必要で熱をかけるため ee が低かった(24%)ようです。そこで、−78℃ でも反応が進行するヘキサクロロアセトンを用いることで低温化に成功し、ee を高めることができた(80%)そうです。

2) キラルアルコール選択
市販で安価な(−)-メントールをキラル源としているため、この不斉反応の有用性が高いとされています。Supporting Information を見ると膨大なキラルアルコールを振っていますが、ほとんど ee が出ていません。(−)-メントールで ee が出たのが奇跡的かも!

3) 反応機構
最初、この反応を見た時にはエナンチオマーの一方のみが酸化される速度論分割 (Kinetic Resolution) かと思いましたが、よくよく見ると収率 50 %を超えています。筆者らは、31P-NMR 実験でアルコキシホスフォニウム塩のジアステレオマーらしきピークを観測したことから、反応系内で速いラセミ化を伴いつつ生成してくる、ジアステレオメリック平衡混合物(下図 a と b)の生成比によってエナンチオ選択性が決まるという、動的熱力学分割 (Dynamic Thermodynamic Resolution) を提唱しています。

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いやぁ、アッペル反応を逆手に取った見事な反応です。最後に1つだけ、なぜメントールが良好な ee を与えたかについて遷移状態の立体構造に関する考察があればなお良かったと思います。

何はともあれ、90%ee を超えていても面白みのない JACS(私はジャックソと呼んでますが。笑)もある中、この反応は 80%ee ながら興味深く読ませてもらいました。

[論文] "Synthesis of P-Stereogenic Phosphorus Compounds. Asymmetric Oxidation of Phosphines under Appel Conditions"
Declan G. Gilheany et al. J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 9566.

気ままに有機化学 2007年08月23日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

3級アルコールの反転


2級アルコールの反転は光延でひっくり返すのが定番ですが、3級アルコールの反転は初めて見ました。本来のこの反応の目的はエーテル合成のようですが…[論文]

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方法は上記の通りですが、ホスフィンとキノンを上手く組み合わせてホスフィンの酸化をドライビングフォースにしています。アルコール ROH の代わりに水を使う例はないようです。アルコキシド程度の求核力は必要とするのでしょう。

また、3級アルコールと ROH を入れ替えることで Retention でエーテル化することもできます。Inversion, Retention 両メソッド共、1級2級3級アルコールに広い基質一般性を示し、また収率もかなりいい(generally >90%)です。

この方法は3級アルコールをひっくり返す方法として、また Invesion or Retention を選択できるエーテル化の方法として有用かと。個人的には、何よりホスフィンとキノンを上手く用いてる点が面白いなと思います。

[論文] "Efficient Methods for the Preparation of Alkyl−Aryl and Symmetrical or Unsymmetrical Dialkyl Ethers between Alcohols and Phenols or Two Alcohols by Oxidation-Reduction Condensation" T. Mukaiyama et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 7359.

気ままに有機化学 2007年02月04日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

触媒的光延反応

光延反応は今や最も有名な人命反応の1つであり、合成化学上有用なツールであることは間違いないです。しかしながら、副生成物であるヒドラジンやホスフィンオキサイドの分離が結構面倒とされています。(私は光延やったことないけど。汗)

ここで、DEAD が還元されて生成する 1,2-dicarbethoxyhydrazine を化学量論量の PhI(OAc)2 で酸化して DEAD を再生することにより DEAD を触媒的に回せば、除去し難いヒドラジンの生成量が減り精製が容易になる、という報告がなされました [論文]

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最適化後条件は、0.1 eq の DEAD、2.0 eq の PhI(OAc)2 と PPh3 を使用した系。4-ニトロ安息香酸 (1.1 eq) と 2-フェニルエタノール (1.0 eq) との反応では、THF 中室温で 16 時間攪拌すると、目的のエステルが収率 90 % で得られるとのこと。9 例あったのですが、いずれも化学両論量の DEAD を用いた場合より収率が低いのが残念なところです。

驚くべきことに、DEAD なしでも反応がある程度進行するらしいのです!(最高で 50 %収率!)。現在、メカニズムの研究中だそうです。

結果自体はさほど劇的ではないですが、コンセプトは結構好きな仕事です。

[論文] "Organocatalytic Mitsunobu Reactions" Patrick H. Toy et al. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 9636.

気ままに有機化学 2007年01月27日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)