窒素/酸素選択的アリール化・アシル化

今月の雑誌 化学 をパラパラとめくっていると、そろそろ書こうと思っていた 「窒素と酸素の選択性」 の話が書かれていました。一足先を越されて悔しいところですが、せっかくなので雑誌に書かれていない情報も加えて紹介してみようと思います。

さて、1報目は ブッフバルト・ハートウィッグ反応 で知られる Stephen L. Buchwald のお仕事です [論文1]。この論文の中で Buchwald らは配位子と溶媒を変えるだけでアミノアルコールの高選択的アリール化反応に成功しました。

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雑誌には書かれていませんが、論文によるとこの選択性の原因として、アニオン性を帯びたジケトン配位子 L1 では銅中心の求電子性が低下し、アルコールとの配位が弱まりアミンとの親和性が高くなることで N-アリール化が進行するのではないか。またルイス酸性の高いフェナントロリン配位子 L2 では脱プロトン化された求核剤を好むため、より酸性度の高いアルコールの O-アリール化が進行するのではないか、というようなことが書かれています。しかしそれを裏付ける証拠はまだ示されていないため、今後の詳細な研究が待たれるところです。

続いて2報目は真島・大嶋らのアミノアルコールの選択的アシル化反応の報告です [論文2]。通常、無保護のアミノアルコールのアシル化では、窒素の方が酸素よりも求核性が高いため、N-アシル化が優先します。しかしこの論文では、亜鉛四核クラスターを用いて O-アシル化をこれまでにない選択性で優先させることに成功しています。

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反応機構ですが、この触媒は酵素をモチーフにしたものでエステルとアルコールを2つのオキソフィリックな亜鉛中心でそれぞれ近い位置で活性化させることで O-アシル化が優先すると推測しているようです。ちなみに、学会発表でこの話を聞いたことがあるのですが、メチルエステルというのが実はミソで、ジイソプロピルエーテル中還流条件で副生成物であるメタノールを飛ばすことで平衡を目的物へと偏らせているそうです。つまりメタノールを飛ばさなかったり飛ばないようなアルコールのエステルだと、それがまたエステル交換を起こしていつまで経っても原料が残る事態になる、とのことでした。

09.12.03. 追記
Buchwald らがアミノフェノールの窒素/酸素選択的アリール化を発表しました [論文3]

[関連1] アミン存在下にエステル交換を進行させる触媒 (化学者のつぶやき)
[論文1] "N- versus O-Arylation of Aminoalcohols: Orthogonal Selectivity in Copper-Based Catalysts" Stephen L. Buchwald et al. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 3490.
[論文2] "Enzyme-Like Chemoselective Acylation of Alcohols in the Presence of Amines Catalyzed by a Tetranuclear Zinc Cluster" Takashi Ohshima, Kazushi Mashima et al. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2944.
[論文3] "Orthogonal Cu- and Pd-Based Catalyst Systems for the O- and N-Arylation of Aminophenols" Stephen L. Buchwald et al. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 17423.


気ままに有機化学 2008年08月26日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

林 雄二郎 vs ベンジャミン・リスト: アセトアルデヒドの不斉反応

以前、気ままに水素移動反応 という記事の中で別々の研究室から同じ変換反応がほぼ同時期に報告されたことを紹介しました。そして最近、Angewandte 誌で林雄二郎教授 [論文1] とベンジャミン・リスト教授 [論文2] の間で熾烈な論文競争が繰り広げられていました。反応は両者とも有機触媒を用いたアセトアルデヒドのニトロオレフィンへのマイケル付加反応。

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投稿は2週間ほどリスト教授らの方が早く、オンライン出版は3日林教授らの方が早いという切迫ぶり。しかも各々いくつかの触媒を検討していますが、最終的に同じ触媒に辿り着いています。しかし違いが出たのは溶媒選択。林教授らはジオキサンを溶媒中室温下 10 mol%の触媒で高い ee と収率を弾きだしましたが、リスト教授らはアセトニトリル溶媒中氷冷下 20 mol%の触媒で全体的に数%低い ee、20%程度低い収率という結果に留まりました。

両者とも同じ反応系の設定、同じ触媒、同時期の投稿論文でありながら、溶媒選択で林教授らに軍配が上がったかな、というのが私の感想。「世界には自分と同じ研究をしている人が3人はいる」なんていうからできるだけ早く結果を出さないといけないのはもちろん、試せる条件は徹底的に試さないと…。って、これは製薬企業でも同じですね。私の関わっているテーマも世界中に競合があるので急がないと!

ちなみに、アセトアルデヒドは求核剤としても求電子剤としても反応するのでその反応制御が難しかったのですが、最近になってリスト教授らがプロリン触媒によるアセトアルデヒドの不斉マンニッヒ反応を Nature [論文3] に、林教授らはプロリノール型触媒によるアセトアルデヒドの不斉アルドール反応を ACIEE [論文4] に報告しています。思えばこの頃からお互いマイケル反応をやってることに薄々気づいていて、お互いに焦っていたのかもしれませんね。

[論文1] "Asymmetric Michael Reaction of Acetaldehyde Catalyzed by Diphenylprolinol Silyl Ether" Yujiro Hayashi et al. ACIEE, 2008, 47, 4722.
[論文2] "Catalytic Asymmetric Michael Reactions of Acetaldehyde" Benjamin List et al. ACIEE, 2008, 47, 4719.
[論文3] "Proline-catalysed Mannich reactions of acetaldehyde" Benjamin List et al. Nature, 2008, 452, 453.
[論文4] "A Diarylprolinol in an Asymmetric, Catalytic, and Direct Crossed-Aldol Reaction of Acetaldehyde" Yujiro Hayashi et al. ACIEE, 2008, 47, 2082.

気ままに有機化学 2008年06月13日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

気ままに水素移動反応

今回は気ままに水素移動反応について書き殴ってみました。
私の好みで書いてるのでここに書いてあることが水素移動反応のすべてではないです。
さて、私が水素移動反応としてまず思い浮かぶのはやっぱりこの2つの人名反応。

Oppenauer 酸化オッペナウアー酸化)

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Meerwein-Ponndorf-Verley 還元メールワイン・ポンドルフ・バーレー還元

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あとは Ru-ジアミン錯体を用いた 野依-碇屋不斉水素移動還元 が有名でしょうか。

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これらに共通して言えるのはすべて平衡反応だということ。
平衡を偏らせるために、酸化反応には酸化剤としてアセトンを溶媒に、還元反応では還元剤としてイソプロパノールを溶媒に使っているわけです。
とくに Oppenauer 酸化と Meerwein-Ponndorf-Verley 還元は逆反応の関係にあるため、「逆反応が別々の人名反応!?」なんて思ったことがある方もいるんじゃないでしょうか。

そんな水素移動反応ですが、この可逆性と別の反応と上手く組み合わせた触媒反応が増えてきたように思います。
つまり、アルコールの脱水素 → 別の反応 → 水素化 という触媒サイクルの反応です。
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気ままに有機化学 2008年05月16日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

あの研究は今: 2種の金属を用いた反応の論文2報

まずはお知らせです。本日発売の 現代化学 2008年 04月号有機化学美術館 の佐藤氏が「10分で読める有機化学トレンドウォッチ」という新連載を担当なさっています。今回は有機分子触媒について。このブログでも以前紹介した 遷移金属なし!有機分子触媒による水素化反応 の内容を中心に、豊富な知識を絡めてわかりやすく解説されています。

さて、そんな記事を読んでいてふと思ったのですが、有機分子触媒による H-H 活性化は達成されたものの、C-H 活性化や C-C 活性化反応は未開発じゃないでしょうか?近いうちに何らかのブレイクスルーが起こるんじゃないかと期待していますが、至難の業かもしれません。是非どなたかチャレンジしてみてください!

そんなわけで今回紹介するのは、有機分子触媒とは逆に2種の遷移金属を用いたユニークな C-H 活性化や C-C 活性化反応の論文2報です。1種の金属では進まない反応も2種組み合わせることで起こるようになるのが興味深いところ。2報とも 2008 年のもので、以前このブログで紹介した論文の続報に当たるものです。さて、あの研究は今、どうなっているのでしょうか?
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気ままに有機化学 2008年03月18日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

オレフィンメタセシス開発の光と影

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突然ですが、上の2つの化合物の間の違いを1つ見つけてください。制限時間は 10 秒!
…って言ってる間に見つけちゃいましたよね?
そう、カルベンリカンド上の不飽和結合があるかないか、それだけ。
でもたったそれだけの違いが、オレフィンメタセシス開発の光と影を分かつ点だったのです。

メタセシス反応(Metathesis)は今では最も重要な有機反応の1つとなっており、数多くの応用反応や全合成での使用が報告されています。そしてその触媒開発者の1人である Robert H. Grubbs は 2005 年にノーベル化学賞を受賞し、更なる脚光を浴びました。

しかし『光あるところには影もある』という言葉に違わず、Grubbs の影には Nolan がいたわけです。上図右の触媒が「第二世代グラブス触媒」と呼ばれ世界で最も有名な化合物の1つとなった一方、左の化合物は先に発表されていたにも関わらず、名も無き化合物で終わったのでした。

理由は第二世代グラブス触媒の方が活性が高かったため。その理由は Grubbs の別の論文によると「π 電子相互作用によるカルベンの安定化がないため、リガンドの塩基性が上昇し、これによって活性が向上した」ためだそうです。

Nolan はさぞかし悔しがったことでしょう。不飽和結合1つで「第二世代グラブス触媒」が「ノラン触媒」になっていたかもしれないのですから(※1)。以前紹介した レビトラとバイアグラの話 でも、ファイザーは窒素をずらしただけの化合物を作らなかったことを後悔したかもしれません。

ちょっとした違いでも良いモノや面白いコトを発見したもの勝ち(※2)。それは学術研究でも創薬研究でも同じ。そんなことを思いながら新米創薬化学者のよっちゃんは今日もせっせと薬の卵を合成していたのでした。

(※1) Grubbsは第二世代グラブス触媒の開発だけに対してノーベル賞を受賞したわけではなく、メタセシスに関する種々の研究業績を評価されたものです。したがって、仮に Nolan が上図の右の化合物を発表していたとしてもノーベル賞受賞者が Grubbs から Nolan に変わったわけではないと思われます。

(※2) 他人の研究を少し変えるだけの研究(パクリ研究)を推奨するものではありません。オリジナルの研究テーマであっても、あらゆる誘導体展開・応用可能性をできる限り考え、迅速に興味深いモノやコトを見つけないと、ファイザーやノランのケースになる可能性が高まるという意味です。誰もが頭ではわかっていることだとは思いますが、「実際に毎日意識して日々の研究に取り組んでいますか?」と問われた時に即答できる人はさほど多くないのではないかと思います。ちなみによっちゃんは「No」です。苦笑



気ままに有機化学 2008年02月15日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文 (反応)