新反応発見の方法論 (3)

新反応発見の方法論 (1)(2) では GC-MS を検出系とした新反応をスクリーニング的に見つけだす方法について紹介しました。今回は、MS 部分に一工夫こらした Sergey A. Kozmin 先生らの 2013 年の Nature Chemistry [論文] を取り上げます。

今回も種々の試薬や触媒の組み合わせを試して MS で反応が起こったかどうかを判断するのですが、下図のように、基質にピレン環を MS ラベルとして組み込んでいるのが特長です (Reactant A)。ピレンラベル導入により下記の利点が生じます。

[1] レーザーによる選択的な脱離イオン化が可能となる。(他の反応剤などの m/z は観測されず、ピレンラベルの付いた基質の m/z だけを観測することができる。ラベルなしではイオン化されにくいような化合物でも検出可能になる。)
[2] 反応液を直接 TOF-MS で分析するので、GC-MS や LC-MS のようにクロマトの時間を必要としないためスループットが向上。696 スペクトル/2時間。
[3] 高感度のため微量サンプルで分析可能で、反応系をスケールダウン可能。ロボットで 96 穴プレートに 696 の反応を仕込み、1時間、1日、4日時点で反応液 0.8 μL を用いて分析。
[4] ピーク強度比とモル比がほぼ一致するため、変換収率を見積もることができる。実際に、クルードの 1H-NMR で求めた変換収率とピーク強度から求めた変換収率はほぼ一致する。これにより、反応の発見だけでなく最適化にもこの方法は有用。



実際に、ピレン環をラベルとして組み込んだシロキシアルキン (Ractant A) と、24 種類の Reactants B、29 種類の Reagents C の組み合わせ (24×29=696) の条件を検討し、2種類の新規ベンズアニュレーション反応を発見しました(発見した反応の詳細は論文を参照ください)。

シロキシアルキンを基質に選んでいるのは、Kozmin 先生らのグループではシロキシアルキンの反応をいくつも開発してきたという背景があるからだと思われます。シロキシアルキンの反応相手 (Reactants B) の選択も面白いですね。新反応発見の方法論 (1)(2) でも、新反応のスクリーニング方法が一番のトピックですが、「どんな反応剤や触媒をスクリーニングの対象とするか」も見どころではないかと密かに思ってたりします。

[論文] Cabrera-Pardo JR, Chai DI, Liu S, Mrksich M, Kozmin SA. Label-assisted mass spectrometry for the acceleration of reaction discovery and optimization. Nat Chem. 2013; 5(5): 423-7. doi: 10.1038/nchem.1612

気ままに有機化学 2014年09月03日 | Comment(0) | 論文 (反応)

新反応発見の方法論 (2)

昨日の 新反応発見の方法論 (1) では Hartwig らの新反応を積極的に効率的に探索する手法について紹介しました。一方、ほぼ同時期の 2011 年 11 月には David W. C. MacMillan らが似て非なる手法で新規反応を発見したことを報告しています [論文]。MacMillan らが選んだ基質は主に以下の 19 種類。Hartwig らの選んだ基質とはまた一味違って、比較するとなかなか面白いです。


昨日紹介の Hartwig らは 17 の基質をすべて混ぜることで 1 回の実験で反応しうる基質の組み合わせを飛躍的に増やしました。一方で、速い反応によって基質がなくなってしまうと遅い反応は見逃すことになってしまう、また官能基許容性の低い反応は見出すことはできないという欠点がありました。

本日紹介の MacMillan らは 19 の基質をペアの組み合わせ (19×18/2=171 通り) にし、そこに触媒系を加えるという手法です。組み合わせの数が多くなりますが、Chemspeed というロボットを使って基質の組み合わせを調製し 96 穴プレートで反応させています。そして、GC-MS で興味深い反応が起きたか有益な生成物ができたか確認するというプロトコール。この実験系で 1 人の実験者で 1 日に 1000 の反応を検討できるとのことです。

実際にこの方法で遷移金属の触媒系を検討したところ、3 つの既知の反応に対して新しい触媒が見つかったそうです。これらを発見するのに必要だった実験数は 3500 以下だったとか。しかし、予期せぬ反応を発見するためにはもっと未知な領域の反応にこの方法を適用するべきだと考えて、ターゲットを光酸化還元 (photoredox) 触媒に移します。種々の光酸化還元触媒を 26W 家庭用蛍光灯の照射下で検討したところ (これも Chemspeed で実施)、下図のようなアミンの C-H アリール化反応を見出だしました (1000 以下の実験で発見)。反応も新規で生成物も医薬品によく見られる構造であることから反応を最適化し、広い基質に適用できる反応に仕上げました。


以上、Hartwig も MacMillan も多数の基質や触媒系の組み合わせを系統的に検討することで新反応を効率的に見つけ出すアプローチを開発しました。基質の種類、添加剤、触媒系などを変えて同様に検討すれば、さらに多数の新反応が見つかるかもしれません。

「新反応を効率的に見つけるためにはどうすればよいか?」――今回紹介した論文の手法はその答えの 1 つですが、もっとスループットの高い方法や、もっとユニークな反応を探索する方法があるかもしれません。また、彼らの方法はどちらかというとセレンディピティを促進するアプローチですが、アナロジーを促進するようなアプローチもあるかもしれませんね (例えば計算化学やシミュレーションの領域でそういった研究はないでしょうか?)。 [→ 反応最適化の方法論 (1) へ続きます]

[論文] "Discovery of an a-Amino C-H Arylation Reaction Using the Strategy of Accelerated Serendipity" Science 2011, 334, 1114.

気ままに有機化学 2011年12月14日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

新反応発見の方法論 (1)

突然ですが、質問です。「既存の反応はどのようにして見つかってきたのでしょうか?」。様々な答え方があると思いますが、もし私が聞かれたら 「多くの反応はセレンディピティとアナロジーによって見つかってきた、と思う」 と答えます。しかし、「では、新反応を効率的に見つけるためにはどうすればよいか?」 と聞かれたら、私は答えに窮してしまいます。「うーん、セレンディピティの頻度を上げるかアナロジーの範囲を広げたり加速したりすればいい・・・けど具体的な方法は・・・あ、ミーティングの時間だ、じゃ、また」 といったところですね。笑

さて、最近、新反応を積極的に見つけ出す方法が報告されましたので紹介します。1 つ目は 2011 年 9 月に John F. Hartwig らによって Science 誌に報告された手法です [論文1]。それは、下図の 17 の基質をすべて混ぜ、そこに種々の金属触媒とリガンドの組み合わせを入れて何らかの反応が起こるかどうか見るというもの。


金属触媒 16 種 (15 種+触媒なし) とリガンド 24 種 (23 種+リガンドなし) を、下図のようにガラスチューブを 384 (=16×24) 個並べてすべての組み合わせを反応させるのです。これによって起こりうる反応の組み合わせの数は、5 万種類以上にもなります。(基質の組み合わせがクロスカップリング 17×16/2 とホモカップリング 17 で、それぞれについて 15 の金属触媒と 24 のリガンド)


では反応が起こっているかどうかはどうやって確認するのでしょうか。その鍵は質量分析です。上の図の基質 17 種類はいずれも 10〜13 の重原子 (C, N, O, F, S) を含むので、カップリング反応が起きると、基質の分子量の範囲とは異なる範囲に分子量が観測されるはずです。

ポジティブコントロールとして 3 つの既知反応がこの実験系で観測されるか見たところ、期待される生成物の分子量がきちんと観測されました。これは、17 の基質の混合物からでも個々の触媒反応を確認することができた、ということです。実際に、384 の触媒とリガンドの組み合わせの中から、3 つもの新規反応を見出したというのです (詳細は論文参照)。この方法で見出された反応は、17 の基質の混合物中で進行する反応なので、官能基許容性が高いのが特長。さらなる応用としては、酸化剤・還元剤・酸・塩基などの添加剤や一酸化炭素・二酸化炭素を加えた条件での反応探索が考えられるとのことです。一方でいくつか制限もあります。比較的速い反応によって基質がなくなってしまうと、より遅い反応はこの実験では見逃すことになってしまいます。また、官能基許容性の低い反応はこの実験系から見出すことはできないでしょう [論文2]

多くの方が考えたことがあるのではないかと思いますが、私は廃液タンクを眺めていて 「これだけ色々なモノが混ざっていたら未知の反応が起こっているかも」 と思ったことがあります。今回紹介した手法は、少々強引に言えば、「廃液タンク反応」 を系統的に探索できるようにした方法と言えるかもしれません。 [→ 新反応発見の方法論 (2) へ続きます。]

[論文1] "A Simple, Multidimensional Approach to High-Throughput Discovery of Catalytic Reactions" Science 2011, 333, 1423.
[論文2] "High-Throughput Discovery of New Chemical Reactions" Science 2011, 333, 1387.

気ままに有機化学 2011年12月13日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

製薬企業が見つけたホスホニウム系縮合剤の新反応

ホスホニウム系縮合剤は下記のような構造をもつ試薬の総称で、主にカルボン酸とアミンからのアミド合成やペプチド合成に使われる脱水縮合剤です。BOP の B はベンゾトリアゾール、O は酸素、P はリンを表し [(Benzotriazol-1-yloxy)-tris(dimetylamino)phosphonium hexafluorophosphate]、PyBOP の Py はピロリジンを意味しています。BroP の Bro は臭素を表しています (Brop あるいは BrOP の両方の表記が使われる)。

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例えば、PyBOP は下図のようにカルボン酸を活性化することでアミド形成を促進すると考えられています。すなわち、DIPEA (ジイソプロピルエチルアミン) で脱プロトン化されたカルボン酸が PyBOP に求核攻撃することで HOBt (ヒドロキシベンゾトリアゾール) が脱離、さらに脱離した HOBt がカルボニルに対して付加脱離を起こすことで HOBt エステルを形成、そこにアミンが求核攻撃して HOBt が脱離することでアミドが形成する、という機構です。

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実は PyBOP 自体も製薬企業の Merck によって開発されたもので、PyBOP という名前は Merck の登録商標です。そして近年、製薬各社がホスホニウム系縮合剤を使った新反応を報告していますので、3 つ紹介したいと思います。

まずは、2005 年の同時期に Wyeth [論文1][論文2] と Johnson&Johnson [論文3] から報告された、ヘテロ環状アミド・ウレアの芳香族求核置換反応 (Article は 2007 年の Wyeth [論文4])。例えば下図のような環状アミドに BOP、DBU、求核剤を加えるとアミドの酸素原子が求核剤で置換された生成物を与えます。反応機構も下図のとおりですが、上で紹介した PyBOP のアミド化とよく似ていることがわかるかと思います。この反応は (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行し、求核剤も様々なものが使えるようです。

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2 つ目の反応は 2008 年 JACS に Johnson&Johnson から報告された [論文5]、ヘテロ環状アミドやウレアのカップリング反応。1 つ上の反応機構の途中に書いたヘテロ環のホスホニウム塩がカップリング反応に使えるのではないかと考えて反応を最適化。PyBroP、Et3N でヘテロ環をホスホニウム塩にした後に、Pd 触媒とボロン酸、塩基を加えるという手法で鈴木-宮浦カップリング型の反応が進行することを発見しました。「リン酸エステルを基質にしたカップリングと同じ」 と思った方もいるかもしれませんが、リン酸エステルがボロン酸の立体的・電子的効果を大きく受けるのに対して今回のホスホニウム塩のカップリングは幅広いボロン酸に対して高収率でビアリール体を与えています。基質も (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行するようです。

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これらの反応は反応形式が面白いだけでなく、条件が温和でとても便利な反応でもあります。例えば下のヌクレオシドのプリン環 6 位に求核剤や芳香環を入れることを考えましょう。これまでの従来の方法では、まず糖の水酸基を保護し、オキシ塩化リン (毒物、さらに後処理で強く発熱するので注意が必要) などを使って塩素化し、そこに求核剤や芳香環を導入して、水酸基を脱保護する、という 4 ステップが必要になってきます。一方、今回紹介した方法は 1 ステップでしかも高収率で目的物が得られるという素晴らしい反応です。特に、これらの骨格の誘導体を多数合成したいときには、時間も手間も大幅に省いてくれるでしょう。そう考えると、こうした反応が製薬企業から報告されてきているのがリーズナブルに思えます。まさに 「必要は発明の母 “Necessity is the mother of invention.”」 ですね。

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最後におまけ的に 3 つ目ですが、今年 2010 年には Pfizer からピリジン-N-オキシドに PyBroP とアミンを反応させることで 2-アミノピリジンが合成できるという報告もあります [論文6]。ピリジン 2 位選択性が高く、4 位には全く入らないとのこと。基質はピリジンだけでなくキノリンやイソキノリンでも進行、アミンの代わりにアンモニアやアニリン、イミダゾールなども入れることができるようです。この反応も薬の候補分子によく見られる構造を作る上で有用な反応ですね。

以上、カルボン酸の活性化に用いられてきたホスホニウム系縮合剤が、ヘテロ環状アミド・ウレア、さらにピリジン-N-オキシドの活性化にも使えることがわかり、有用な新規反応が見出されてきているという話でした。今日あなたが何気なく使っている試薬も、こうした新しい可能性を秘めているかもしれませんよ?

[論文1] "A Highly Facile and Efficient One-Step Synthesis of N6-Adenosine and N6-2'-Deoxyadenosine Derivatives" Org. Lett., 2005, 7, 5877.
[論文2] "An Efficient Direct Amination of Cyclic Amides and Cyclic Ureas" Org. Lett., 2006, 8, 2425.
[論文3] "Efficient Conversion of Biginelli 3,4-Dihydropyrimidin-2(1H)-one to Pyrimidines via PyBroP-Mediated Coupling" J. Org. Chem., 2005, 70, 1957.
[論文4] "The Scope and Mechanism of Phosphonium-Mediated SNAr Reactions in Heterocyclic Amides and Ureas" J. Org. Chem., 2007, 72, 10194.
[論文5] "Pd-Catalyzed Direct Arylation of Tautomerizable Heterocycles with Aryl Boronic Acids via C−OH Bond Activation Using Phosphonium Salts" J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 11300.
[論文6] "General and Mild Preparation of 2-Aminopyridines" Org. Lett., 2010, 12, 5254.

気ままに有機化学 2010年12月04日 | Comment(5) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

準安定イリドを用いた Wittig 型反応の E/Z 制御

Wittig 反応はアルケンを合成する有用な反応の 1 つです。一般に、不安定イリド (R2 = alkyl) では Z-アルケンが、安定イリド (R2 = alkoxycarbonyl, acyl, cyano) では E-アルケンが優先することが知られていますが、準安定イリド (R2 = aryl, vinyl) では E/Z の混合物として得られることがわかっています。


準安定イリドの E/Z 制御に向けて、リン原子上の置換基の検討が種々なされてきましたが、実用的なレベルの方法論の開発には至っていませんでした。

最近 JACS に掲載された論文 [論文1] では、発想を変えてイリド側ではなくアルデヒド側をチューニングすることで E/Z 選択性の制御に成功しました。すなわち、アルデヒドをイミンへと変換しイミン上の置換基を調節するという手法です。イミンの反応性を上げる目的と C-N 結合切断を加速する目的で、イミン上の置換基には電子求引性のスルホニル基を検討したそうです (スルホニルイミンは比較的安定で合成も容易な点もアピールされています)。種々のスルホニル基を検討した結果、トシル基がほぼ完全な Z 選択性を示しノルマルヘキサデカンスルホルニル基はほぼ完全な E 選択性を示すことを見出だしました。


立体選択性に対する考察がほとんどないのが残念ですが、スルホニルイミンの種類を変えるだけでほぼ完全に E/Z 選択性が制御できるというのは面白いですね。

Wittig 反応は今から 50 年以上前、1954 年に発表された古典的な反応の 1 つです。それから 55 年経った昨年 2009 年には触媒量のリン源を用いた触媒的 Wittig 反応が報告されましたし [論文2]、今年 2010 年になってスルホニルイミンを用いた E/Z 制御法が見出されました。人名反応のようなよく研究された反応でも、まだまだブレークスルーの余地はたくさんあるのかもしれませんね。

おまけ: 安藤香織先生の Z-選択的 Horner-Emmons 反応もずいぶん時間が経ってから発見されたブレークスルーの 1 つです (1958 年 → 1997 年)。安藤法の開発秘話に関してはご本人様が TCI メール に書かれていますので是非一度ご覧ください。論文ではうかがい知れないことが書いてあって面白いです。

[論文1] "A Highly Tunable Stereoselective Olefination of Semistabilized Triphenylphosphonium Ylides with N-Sulfonyl Imines" J. Am. Chem. Soc. ASAP.
[論文2] "Recycling the Waste: The Development of a Catalytic Wittig Reaction" Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 6836.
[関連1] 56年目の革命・触媒的Wittig反応 (有機化学美術館・分館)
[関連2] Catalytic Wittig Reaction (企業の研究員というお仕事)

気ままに有機化学 2010年04月01日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 論文 (反応)