新反応発見の方法論 (4)

新反応発見の方法論 (1)(2)(3) では新反応をスクリーニング的に見つけだす方法について紹介しました。先週の Nature Chemistry に、この分野のレビュー [論文] が発表されました。私もまだ内容読めていませんが、この領域に興味のある方には待望のレビューかと思います。

[論文] "Contemporary screening approaches to reaction discovery and development" Nature Chemistry, 2014, 6, 859.

気ままに有機化学 2014年11月26日 | Comment(0) | 論文 (合成)

副生成物の問題を解決したシンプルな工夫

「反応の工夫」 と言えば何を思い浮かべますか?

私がパッと思いつくだけでも、試薬を加える順番、適切な additive、slow-addition、high-dilution、dean-stark、microreactor など、さまざまな工夫が考案されてきました。今回は、シンプルな工夫で副生成物の問題を解決した画期的な例を紹介します。ちょっと昔の論文ですが、2004 年の JACS [論文]。first author は難波康祐先生、corresponding author は岸義人先生です。

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Halichondrin B [wikipedia] の全合成において、化合物 2 から化合物 3 への変換は、当初、2 段階で行われていました。すなわち、(1) TBAF による TBS の除去、兼、オキシマイケル反応による O-C12 結合の形成、(2) PPTS による C14 ケトンとアルコールとのケタール形成、です。これにより、望みの化合物 3 と望みでないオキシマイケル付加体 A が 5-6:1 の混合物として得られます。望みでないマイケル付加体はリサイクルできますが、(1) 望みの化合物 3 と望みでないオキシマイケル付加体のクロマト分離、(2) 望みでないオキシマイケル付加体の TBAF 処理、(3) PPTS 処理、の 3 段階を要します。


この面倒な副生成物のリサイクルを回避するにはどうすれはよいでしょうか?

上の図で、もしオキシマイケル反応とレトロオキシマイケル反応の両方が酸によって促進されるならば、ケタール化 (C3) の段階によって、望みの化合物 3 が蓄積していくことが期待されます。しかしながら化合物 23 も無機酸やルイス酸に不安定で、フラン D を形成することがわかりました。その後、幸運にも、3 は PPTS や酢酸のような弱酸には安定で、さらに Triton B のような四級アンモニウム塩基にも安定であることがわかりました。

これらの結果を受けて、A-C を完全に化合物 3 に変換する下図の装置が考案されました (概略図) 。


2 つのカラムから構成され、それぞれに塩基性イオン交換樹脂と酸性イオン交換樹脂が充填されており、A-C を 2 つのカラムを循環させるのです。塩基性イオン交換樹脂上ではオキシマイケル反応 (BA + C) とレトロオキシマイケル反応 (A + CB) が促進され、酸性イオン交換樹脂上ではケタール化 (C3) が促進され、これらを循環させることにより A-C をすべて 3 に変換することができるのです。しかも、オキシマイケル反応の立体選択性や 1 回の循環で成立する平衡の度合いに関わらず、十分な時間を循環させれば、A-C をすべて 3 に変換することができるのです。

溶媒としてエタノール、塩基性イオン交換樹脂として Amberlite IRA 400 (OMe form)、酸性イオン交換樹脂として Rexyn 101 を用い、化合物 2 を TBAF で脱保護したクルードを上記の装置で終夜循環させるとほとんど化合物 3 のみに変換され、イオン交換樹脂由来のわずかな不純物をシリカゲルプラグでろ過して除くだけで、化合物 3 が >95 収率、≧98% 純度で得られたそうです。

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シンプルなコンセプトで絶大な効果の工夫に仕上がっていますね。通常ならオキシマイケル付加反応の立体選択性を高める努力をして終わりそうなところを、立体選択性に関係なく目的物に収束させる方法を編み出した点が面白いと思いました。一通り最適化した反応でも、観点を変えれば工夫の余地が残っているということは実は多々あるのかもしれませんね。

[関連] 有機化学美術館・分館の その手があったか という記事にも非常にユニークな反応の工夫が紹介されています。コメント欄には本記事で紹介した論文に関するコメントもあります。
[論文] "A Simple but Remarkably Effective Device for Forming the C8-C14 Polycyclic Ring System of Halichondrin B" J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 7770.

気ままに有機化学 2013年11月27日 | Comment(0) | 論文 (合成)

有機分子触媒による超短工程の全合成

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(上図は RSC から引用)

ここ数年の間に、有機分子触媒を巧みに利用した "超短工程" の全合成がいくつも報告されるようになったように思います。私の記憶に残っている文献とそれを取り上げたブログ記事を下に並べてみました。詳細は論文やブログ記事に委ねますが、どれもため息が出るほど素晴らしい全合成ですね。(もし他にお薦めの 「有機分子触媒による超短工程の全合成」 があればコメントください)

[論文] "Stereocontrolled organocatalytic synthesis of prostaglandin PGF2α in seven steps" Aggarwal, Nature, 2012, doi: 10.1038/nature11411
[記事] (+)-Prostaglandin PGF2a (B.R.S.M.)
[記事] Raging Hormones – Gram-Scale Synthesis of Prostaglandin PGF2α (GreenChemBlog)

[論文] "Nine-Step Enantioselective Total Synthesis of (+)-Minfiensine" MacMillan, 2009, JACS, doi: 10.1021/ja906472m
[記事] (+)-ミンフィエンシンの短工程不斉全合成 (化学者のつぶやき)

[論文] "The organocatalytic three-step total synthesis of (+)-frondosin B" MacMillan, 2010, Chem. Sci., doi: 10.1039/C0SC00204F
[記事] (+)-フロンドシンBの超短工程合成 (化学者のつぶやき)

[論文] "Collective synthesis of natural products by means of organocascade catalysis" MacMillan, 2011, Nature, doi: 10.1038/nature10232
[記事] (-)-strychnine, (+)-aspidospermidine + 4 others (B.R.S.M.)

[論文] "High-Yielding Synthesis of the Anti-Influenza Neuramidase Inhibitor (−)-Oseltamivir by Three “One-Pot” Operations" Hayashi, 2009, ACIE, doi: 10.1002/anie.200804883
[記事] 総収率57%! 超効率的なタミフルの全合成 (化学者のつぶやき)
[記事] 最短最高収率のタミフル合成 (気ままに有機化学)

[論文] "One-Pot High-Yielding Synthesis of the DPP4-Selective Inhibitor ABT-341 by a Four-Component Coupling Mediated by a Diphenylprolinol Silyl Ether" Hayashi, 2011, ACIE, doi: 10.1002/anie.201006204

気ままに有機化学 2012年09月13日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (合成)

シクロパラフェニレンの合成: 論文3報


シクロパラフェニレン (Cycloparaphenylene) はベンゼン環をパラ位で環状につなげたものであり、カーボンナノチューブの部分構造にあたります。材料科学や超分子科学の分野からも関心が寄せられている分子ですが、つい最近までその合成は達成されませんでした。合成を難しくしているのはそのひずんだ構造です。例えばベンゼン環が 8 個つながったものでは 74 kcal/mol ものひずみがあると計算されています。

そんなシクロパラフェニレンの初めての合成が 2008 年末に JACS に報告されました [論文1]。鍵となる合成戦略は、ひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキサジエン環を組み込んだ状態で環化させて、その後芳香環化させるというものです。実際にこの方法で [9]-, [12]-, [18]シクロパラフェニレンの合成を達成しました。


ただ、この合成は芳香環化の前駆体の合成が非選択的で n=1,2,4 を混合物として得ていました。2009 年 7 月、伊丹健一郎教授らによって[12]シクロパラフェニレンの選択的合成が発表されました [論文2]。合成戦略は少し似ていて、ひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキサン環を組み込んだ状態で環化させ、その後芳香環化させるというものです。カップリング反応を巧く使って、芳香環化前駆体を選択的に合成することに成功しています (詳細は論文参照)。


シクロパラフェニレンではありませんが、ひずんだ芳香環をもつ Haouamine A のラージスケール合成 において、Baran らはひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキセノン環で大員環を巻いた後、芳香環化するという戦略を取っています。これらを見て私は、ひずんだ芳香環はシクロヘキサン環で導入して芳香環化するのが定石となりつつあるのかな、と思っていました。

ところがつい最近、山子茂教授らによって全く新しい戦略のシクロパラフェニレンの合成が報告されました [論文3]。何と正方形の白金錯体を臭素で還元的脱離させ、シクロパラフェニレンを合成するというのです (白金の結合角はほぼ 90 度のため白金錯体にはほとんどひずみがなく、また芳香環化ではなくベンゼン-ベンゼン結合の形成が鍵反応)。この方法は[4n]シクロパラフェニレンのユニバーサルな合成法になるのでは、とのことです。


ふと思ったのですが、正方形の白金錯体が円形のパラシクロフェニレンに変わる反応、手品の 『変形リング』 によく似ていますね (下記動画)。現代の有機合成反応を過去の人が見ればどれも手品のように見えるでしょうけど、これほど手品のような反応は他にないのではないでしょうか?笑。


[論文1] "Synthesis, Characterization, and Theory of [9]-, [12]-, and [18]Cycloparaphenylene: Carbon Nanohoop Structures" J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 17646.
[論文2] "Selective Synthesis of [12]Cycloparaphenylene" Angew. Chem. Int. Ed., 2009, 48, 6112.
[論文3] "Synthesis of [8]Cycloparaphenylene from a Square-Shaped Tetranuclear Platinum Complex" Angew. Chem. Int. Ed., 2009, Early View.

気ままに有機化学 2009年12月17日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 (合成)