対称性を巧みに利用した合成:論文2報

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今回は対称性を上手く用いた天然物合成の論文を2報、比較的最近の論文(2006 年と 2007 年)から紹介します。いずれも対称な中間体からの非対称化を経て天然物の合成へと結びつけています。

あなたは上記の Histrionicotoxin と Artochamins J の構造に潜む対称性を見抜くことができますか?(もしこれらの論文を見たことがないなら、どんな対称分子からどんな非対称化を経て合成できるか考えてみてください。)

Histrionicotoxin の合成はこちら。
"A Concise Total Synthesis of DL-Histrionicotoxin"
Robert A. Stockman, Philip L. Fuchs et al. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 12656-12657.

Histrionicotoxin は toxin と名に付くようにカエル毒の一種です。「神経生理の研究ツールとして重要だが天然には微量しか存在しないため全合成が…」と天然物合成にお決まりの文句から論文は始まります。笑

さて、Histrionicotoxin のこれまでの合成例は岸(38 steps)、Stork(18 steps)、Holms(24 steps)ですが、今回は対称分子の非対称化を上手く利用してたった 9 steps での全合成を達成しています。鍵反応である非対称化の過程は以下の通り。

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両末端にオレフィンを持つ対称ケトン 4 をアクリロニトリルと Grubbs 、マイクロウェーブで対称ビス不飽和ニトリル 6 へ。ヒドロキシアミンで処理して、オキシム形成、分子内 Michael 付加で生じたナイトロンがもう一方のオレフィンに [3+2] 付加、というカスケード反応。

残念なことにこの段階で生じる 7 は速度論的生成物。封管したトルエン中で加熱すると retoro-[3+2]/[3+2] 付加が進行して熱力学的生成物 8 が得られるそうです。あとは N-O 結合を還元的に切ったり、ちょちょっと官能基変換するだけですね。

まず何より非対称化の段階がカスケードで一挙に骨格構築しているところが見事です!(できれば一挙に 8 まで持っていきたいところですが)。そして収率も申し分なしです。

1つ気になるのはアクリロニトリルとのビスクロスメタセシスをたった 3 等量で 62 %得ているところ。よっちゃんが大学研究室の同期が、同じような(基質も反応剤も違いますが)メタセシスをやってましたが、電子求引基があるからか 10 等量くらい放り込んでもあまり上手く行ってませんでした…。

何はともあれ、対称分子から非対称化を経る美しい合成ですね。


さて、次の Artochamins J の合成はこちら。
"Cascade Reactions Involving Formal [2+2] Thermal Cycloadditions:
Total Synthesis of Artochamins F, H, I, and J"
K. C. Nicolaou et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7501-7505.

Artochamins 類の生理活性は弱い細胞毒性がある程度で、興味深いのはその多環構造だそうです。不思議なことに、この天然物はラセミ体で単離されたそうで、つまり非酵素的に産生されている可能性がありそうです。非酵素的な生合成経路でこの構造ですか…。

さて、この論文の目玉は以下の反応による、形式 [2+2] 付加環化反応を含むカスケードによる対称分子の非対称化です。

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マイクロウェーブで 180 ℃に加熱すると、まず Claisen 転移と Boc の熱分解(これもシグマトロピー転移)が起こり、さらに形式 [2+2] 付加環化反応で多環構造が一挙に構築されます。

ここで最も気になるのが触媒量加えられているトリフェニルホスフィンオキサイドですが、Nicolaou らもその役割はよく分かっていないようです。では、どうして Ph3PO を加えたのかというと、基質のスチルベンを合成する際に Julia-Kocienski オレフィン化で合成したものはこのカスケード反応が上手くいかず、Wittig 反応で合成したもの(微量の Ph3PO を含む)では上手くいったことから必要だということがわかったそうです。う〜ん、次の論文が待たれますね。

もう1つ不思議なのは形式 [2+2] 付加環化反応は果たしてペリ環状反応なのかということ。ウッドワード・ホフマン則 によると、立体的にアンタラ面型の相互作用は起こらずスプラ面型に相互作用するので熱反応には対称禁制なはず。そうするとラジカル反応かイオン反応の可能性が高いですね。

実際、Nicolaou らはスチルベンの E/Z によって生成物の立体は変わらないこと、カスケード反応の進行には保護されていないフェノール部が必要なことから、論文中である経路を仮定しています。…が、それが正しいかはまだ判断できないと思うので、是非一度反応機構を考えてみてください(何か面白い案が思いついたらコメンください)。

何か釈然としない部分(疑問に思う部分)が多い論文で、その段階で論文にする哲学には賛否両論あるかと思います。しかしまぁ反応自体もそこそこ面白いことですし、次の論文を待ちましょっかね。笑

化学よりも数学・物理学・生物学・言語学の領域の話ですが、なぜこの方程式は解けないか?―天才数学者が見出した「シンメトリー」の秘密 はなかなか面白いです。対称性繋がりでついでに紹介。

気ままに有機化学 2007年12月25日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (合成)
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