ひずんだ天然物の合成:論文2報

071215-6.jpg

分子構造のひずみ(strain)には大きく分けて3種類、「結合角ひずみ」、「立体ひずみ」、「ねじれひずみ」があります。

結合角ひずみ(Baeyer ひずみ)はシクロプロパンなど、結合角がその原子価の安定角度からずれることによるひずみのこと。また、立体ひずみ(van der Waals ひずみ)はいわゆる立体反発というやつで、嵩高い置換基が分子内で近接することによるひずみ。そして、ねじれひずみ(Pitzer ひずみ)はエタンのねじれ配座など、ねじれ角がその最安定配座からずれることによるひずみのこと。

さて、天然物の中には高度にひずんだ構造をもつものがあり、その生合成経路や生体内機能に興味が持たれるのはもちろんのこと、合成ターゲットとしても魅力的とされています。今回は、ひずんだ構造をもつ天然物の合成の論文を2報、比較的最近のもの(2006 年と 2007 年)から Pentacycloanammoxic acid と Haouamine A の合成を紹介します。



1つ目は E. J. Corey らによる Pentacycloanammoxic acid の合成。

071215-1.jpg

Pentacycloanammoxic acid の構造は上に示すもので、何とシクロブタン環が5つ連続した梯子(はしご)状の構造と1つの側鎖を有しています。こういった構造の分子をラダラン分子(ladderane molecule)といいますが梯子を英語で ladder ということを考えるとそのまんまですね。しかし分子模型組んだら折れそうなくらい結合角ひずみが凄そうですね。^^;

ちなみに Pentacycloanammoxic acid は 2002 年に Damste らによって嫌気的アンモニア酸化細菌の膜脂質中に発見されました。そしてこの高度にひずんだ分子の生合成経路は…不明です。生合成経路は不明ですが、有機合成は 2 年後の 2004 年に初のラセミ体の合成が E. J. Corey らによって報告されました。

"Total Synthesis of (±)-Pentacycloanammoxic Acid"
Vincent Mascitti and E. J. Corey, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 15664 -15665.

071215-2.jpg

シクロブタン環の構築は、4 とシクロペンテノンとの [2+2] 光環化反応、5 の光照射による脱窒素反応(6 %収率)、7 の Wolff 転位により上手く構築されています。E. J. Corey と言えども5つのシクロブタン環を順次構築していくしかなかったところを見ると、やはりこの高度にひずんだ構造は取り扱うのが難しそうです。

しかしここで終わらないのが Corey。脱窒素反応の収率が非常に悪いこと(6 %)の改善と、不斉点の立体化学を決定することを目的として、2 年後の 2006 年に改良経路による不斉全合成が報告されました。第一著者はラセミ体合成と同じ Vincent Mascitti であるところを見ると、この人はずっとこの分子と闘ってきたっぽいですね。でもそれで JACS 2報出せたんだから羨ましい…。

"Enantioselective Synthesis of Pentacycloanammoxic Acid"
Vincent Mascitti and E. J. Corey, J. Am. Chem. Soc., 2006, 128, 3118 -3119.

071215-3.jpg

ラセミ体合成の最終段階で用いた Wolff 転移を繰り返すことで収率よく連続したシクロブタン環を合成しています。その際、ジアステレオ選択的 cycloadditon を利用して不斉合成を達成し、天然物の絶対配置を決定しています。選択性をだすためには -Si(Ph)Me2 の嵩高さが良かったとのことです。

お見事!よくこんなに高度にひずんだ分子を合成したものです。強いて難癖を付ければやはりステップワイズではなく一挙に骨格構築できたらなお良いところですが…別途合成経路を考えると途中で壊れてしまいそうです。^^;

冒頭で述べましたが生合成経路は不明だそうで、生物がどうやってこんな分子を合成しているのか、そしてなぜこんなに高度にひずんだ構造を必要としているのかが気になるところです。



さて、2つ目は Phile S. Baran らによる Haouamine A の合成です。

071215-4.jpg

Hauamine 類は上に示すようなビアリールのマクロサイクルを含む構造で、面白いことに芳香環が平面ではなくひずんだ構造をしています。この興味深い分子の初の合成が 2007 年に Phil S. Baran らによって達成されました。

"Total Synthesis of (±)-Haouamine A"
Phil S. Baran and Noah Z. Burns, J. Am. Chem. Soc., 2006, 128, 3908-3909.

071215-5.jpg

問題のひずんだベンゼン環の合成は 15 の分子内 [4+2] 環化反応と続く脱炭酸反応によって上手く構築されています。おそらく脱炭酸のような強力なドライビングフォースがないとひずんだ芳香環の構築は難しいのではないでしょうか。

今回はひずんだ骨格構築に焦点を当てているので合成経路は示しませんが、官能基修飾がほとんどなく、ほぼ全てのステップが骨格構築(C-C 結合、C-N 結合形成反応)に使われていて、Baran らしい無駄の少ない合成です。是非そういう視点からも合成経路全体も参照してみてください。

おっと、そう言えばずいぶん昔に紹介した Sumanene の合成 もひずんだ分子の1つですね。桜井先生による見事な合成なのでまだ知らない方はどうぞ!


気ままに有機化学 2007年12月14日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 (合成)
この記事へのコメント
おいらの分子模型を折ったのは、、、
犯人はお前だだだだだだ。
Posted by ぱかた at 2007年12月15日 02:54
僕もキュバンとかプリズマンとか分子模型で作っていたら良く折れましたね(笑)
Posted by がんぽん at 2007年12月15日 13:12
Posted by かめあたマン at 2007年12月21日 12:31
>ぱかたさん、がんぽんさん
たぶん Pentacycloanammoxic acid の模型を普通の sp3 で作ろうと思ったら全部折れちゃいそう。笑

>かめあたマンさん
あちゃ〜、見つかっちゃいましたか。ちょっとネタでいくつかの質問に答えていったら診断結果が出る占いみたいなのを有機化学バージョンで作ろうと思ったのですが、そのサイトの使い勝手が悪くて断念しました。苦笑。CGIとか書けるようになったら再度挑戦します!
Posted by よっちゃん at 2007年12月21日 20:00
ladderは日本語ではしごですよ
Posted by T本 at 2008年03月30日 11:11
>T本さん
ご指摘ありがとうございます!訂正させていただきました!
間違えないように気を付けているつもりですが、今回のようにミスがあればガンガン指摘してください!
Posted by よっちゃん at 2008年03月31日 00:42
コメントを書く
お名前 (ハンドルネーム可):

メールアドレス (任意):

ホームページアドレス (任意):

コメント:


この記事へのトラックバック