
私は製薬企業で創薬化学研究者として薬候補の分子を合成しているわけですが、炭素鎖1つの増減、置換基が1つズレるだけで生理活性や毒性が大きく変わってくるということがザラにあります。
そして有機化学の反応においても触媒や反応剤のちょっとした分子設計の違いだけで反応の選択性が大きく変わってくるということもよく見られます。薬の活性も反応の選択性も、分子と分子の相互作用によって規定されるという点では同じだからだと思います。
さて、今回はちょっとした分子設計によって反応の選択性が大きく変わってくるという論文を2報、比較的最近のもの(2007 年と 2006 年)から紹介します。
1つ目はこちら。
"3-Pyrrolidinecarboxylic Acid for Direct Catalytic Asymmetric anti-Mannich-Type Reactions of Unmodified Ketones"
Carlos F. Barbas, III et al. J. AM. CHEM. SOC. 2006, 128, 9630-9631.

プロリン触媒下でマンニッヒ反応をかけると syn 選択的に反応が進行することはよく知られていますが、プロリンのカルボキシ基を1つずらしたβ-プロリン触媒下で同じ反応をすると anti 選択的に反応が進行するという論文です。もしあなたが大学院生以上なら、一度両反応の遷移状態を書いて立体選択性の違いを説明してみてください。答えは数行下に。
きちんと遷移状態書けましたか?答えはこちら。

アルデヒドでは5位にエナミンの面を固定するためにメチルを導入して選択性を出すことに成功したが【上図 (a)】、ケトンでは立体障害でエナミンの発生を阻害し、反応自体が進行しなくなったそうです【上図 (b)】。
結果、プロリンのカルボキシル基を3位に変えただけ(β-プロリン)という単純な設計で、anti 選択的なマンニッヒ反応に成功しています【上図 (d)】。プロリンでは syn 選択的【上図 (c)】。カルボキシ基の位置が1つずれただけでジアステレオ選択性が逆転するという面白い現象ですね。
ちょっと気になったのが2点。触媒量が 5〜10 mol% で回転していて、通常のプロリン触媒量(20〜30 mol%)に比べて少なくて済んでいるのはカルボキシ基が遠くなったためエナミンに巻き込まなくなったのでしょうか?それから、ケトンは Et と n-Pr でも 82%ee(dr >99:1)という高い選択性が出ているのですが、そんなに違うものなのでしょうか?もしそのへん詳しい方、考えのある方いらっしゃったらコメントください。
さて、2報目はこれ。
"Highly Enantioselective Imine Cinnamylation with a Remarkable Diastereochemical Switch"
John D. Huber and James L. Leighton, J. AM. CHEM. SOC. 2007, 129, 14552-14553

基質がアニリン型かベンジルアミン型か、つまり1炭素違うだけでジアステレオ選択性が反転するという論文です。これも大学院生以上の方は両反応の遷移状態図を書いてみてくださいね。答えは数行下に。
答えはこちら。

この反応は以下のような反応機構で進行するものと考えられているようです。
(1) フェノールがケイ素上の塩素と置換
(2) 遊離した塩化水素がシュードエフェドリンの窒素にプロトン化してケイ素を活性化
(3) イミン窒素が活性化されたシュードエフェドリンの反対側から接近する
すると、アニリン型では上図上段のように2つのベンゼン環の立体反発を受けて遷移状態では 1・3-trans が優先し、syn 型の生成物を与えます。一方、ベンジルアミン型では上図下段のように、先の立体反発がないため、嵩高いフェニル基は擬エカトリアルを占めることを優先し、trans 型の生成物を与えると考えられています。1炭素違うだけでジアステレオ選択性が逆転するという興味深い現象ですね。
一番始めに述べたように医薬品候補分子でも置換基の位置が1つずれただけで、また炭素数が1つ違うだけで生理活性が大きくことなることがあります。反応開発も医薬品開発も、分子と分子の相互作用を見極めるのはとても難しいことですが、同時にとても面白いものですね!
って言っておられます。
それは反応とプロリンの相性が悪いか、腕が悪いのではないでしょうか。苦笑
まぁこの記事の例でも分かるように少し変えるだけで反応性や選択性が変わる可能性があるので諦めずに頑張ってください(もしくはスッパリ諦めて新しいことに取り組んでください)。