副生成物の問題を解決したシンプルな工夫

「反応の工夫」 と言えば何を思い浮かべますか?

私がパッと思いつくだけでも、試薬を加える順番、適切な additive、slow-addition、high-dilution、dean-stark、microreactor など、さまざまな工夫が考案されてきました。今回は、シンプルな工夫で副生成物の問題を解決した画期的な例を紹介します。ちょっと昔の論文ですが、2004 年の JACS [論文]。first author は難波康祐先生、corresponding author は岸義人先生です。

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Halichondrin B [wikipedia] の全合成において、化合物 2 から化合物 3 への変換は、当初、2 段階で行われていました。すなわち、(1) TBAF による TBS の除去、兼、オキシマイケル反応による O-C12 結合の形成、(2) PPTS による C14 ケトンとアルコールとのケタール形成、です。これにより、望みの化合物 3 と望みでないオキシマイケル付加体 A が 5-6:1 の混合物として得られます。望みでないマイケル付加体はリサイクルできますが、(1) 望みの化合物 3 と望みでないオキシマイケル付加体のクロマト分離、(2) 望みでないオキシマイケル付加体の TBAF 処理、(3) PPTS 処理、の 3 段階を要します。


この面倒な副生成物のリサイクルを回避するにはどうすれはよいでしょうか?

上の図で、もしオキシマイケル反応とレトロオキシマイケル反応の両方が酸によって促進されるならば、ケタール化 (C3) の段階によって、望みの化合物 3 が蓄積していくことが期待されます。しかしながら化合物 23 も無機酸やルイス酸に不安定で、フラン D を形成することがわかりました。その後、幸運にも、3 は PPTS や酢酸のような弱酸には安定で、さらに Triton B のような四級アンモニウム塩基にも安定であることがわかりました。

これらの結果を受けて、A-C を完全に化合物 3 に変換する下図の装置が考案されました (概略図) 。


2 つのカラムから構成され、それぞれに塩基性イオン交換樹脂と酸性イオン交換樹脂が充填されており、A-C を 2 つのカラムを循環させるのです。塩基性イオン交換樹脂上ではオキシマイケル反応 (BA + C) とレトロオキシマイケル反応 (A + CB) が促進され、酸性イオン交換樹脂上ではケタール化 (C3) が促進され、これらを循環させることにより A-C をすべて 3 に変換することができるのです。しかも、オキシマイケル反応の立体選択性や 1 回の循環で成立する平衡の度合いに関わらず、十分な時間を循環させれば、A-C をすべて 3 に変換することができるのです。

溶媒としてエタノール、塩基性イオン交換樹脂として Amberlite IRA 400 (OMe form)、酸性イオン交換樹脂として Rexyn 101 を用い、化合物 2 を TBAF で脱保護したクルードを上記の装置で終夜循環させるとほとんど化合物 3 のみに変換され、イオン交換樹脂由来のわずかな不純物をシリカゲルプラグでろ過して除くだけで、化合物 3 が >95 収率、≧98% 純度で得られたそうです。

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シンプルなコンセプトで絶大な効果の工夫に仕上がっていますね。通常ならオキシマイケル付加反応の立体選択性を高める努力をして終わりそうなところを、立体選択性に関係なく目的物に収束させる方法を編み出した点が面白いと思いました。一通り最適化した反応でも、観点を変えれば工夫の余地が残っているということは実は多々あるのかもしれませんね。

[関連] 有機化学美術館・分館の その手があったか という記事にも非常にユニークな反応の工夫が紹介されています。コメント欄には本記事で紹介した論文に関するコメントもあります。
[論文] "A Simple but Remarkably Effective Device for Forming the C8-C14 Polycyclic Ring System of Halichondrin B" J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 7770.


気ままに有機化学 2013年11月27日 | Comment(0) | 論文 (合成)
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