化学用語の語源 (1)

言葉の語源を知ることは、ときに新しい発見や驚きを生み出してくれます。また、語源を知ることで記憶が強固なものになったり、場合によっては未知の単語の意味を推測することができるようになります。さらに、相手を選んで上手く使えば会話を盛り上げることができます (注意:デートでは使わないように。笑)。

さて、今回は 『人物で語る化学入門 (岩波新書)』『21世紀の知を読みとく ノーベル賞の科学 【化学賞編】』『セレンディピティー―思いがけない発見・発明のドラマ』 から、「不斉」「元素」「イオン」 に関する化学用語の語源をいくつか紹介します。

chiral
「本年のノーベル化学賞は、互いのミラーイメージ (鏡像) である 2 つの形態として生じる分子に関わるものです。そのような分子は "キラル (カイラル)" と呼ばれますが、これは手を意味するギリシア語 "ケイル (cheir)" を語源としています」
[出典] 21世紀の知を読みとく ノーベル賞の科学 【化学賞編】 [p.140]

語源を同じくして英語では chiro- は手を意味する接頭辞として用いられ、chirography (筆跡)、chiromancy (手相占い) などが挙げられます。また、カイロプラクティックも、英語では chiropractic、日本語では脊柱指圧療法なので同じ語源だと思われます。

ところで、chiral でない場合には否定の接頭辞 a- を付けて achiral としますが、実は原子を意味する atom の a- も否定の接頭辞なのです。

atom
原子の英語 atom はギリシア語に由来する。a は否定詞、tom は 「分ける」 を意味するから、原子はその名前に 「これ以上分けれない」 という自らの属性を宣言しているといってよい。
[出典] 人物で語る化学入門 [p.8]

tomos は切断を意味するギリシャ語で、医療で使われる CT (computed tomography, コンピュータ断層撮影) や PET (positron emission tomography, ポジトロン断層撮影) の tomography (断層撮影)、anatomy (解剖)、『気ままに創薬化学』 の 医学英語の接頭辞・接尾辞 で紹介した -ectomy (切除、摘出)、-tomy (切開) も同じ語源です。

原子を構成する陽子と電子 (というか電気) の語源についても紹介されていました。

proton
水素の原子核の電荷は +1 であり、これ以上分割することはできないから、これは電子と同じように、原子の基本構成要素である。そこでラザフォードはこれをギリシア語の 「最初」 を表すプロトス (protos) から 「プロトン (陽子)」 (proton) と名づけた。
[出典] 人物で語る化学入門 [p.14]

electricity
古代ギリシアの人たちは、摩擦した琥珀にものが吸い寄せられる現象、つまり摩擦電気を知っていたし、その知識は中世にまで受け継がれた。実際、電気を表す英語 electricity はギリシア語の琥珀に由来する。
[出典] 人物で語る化学入門 [p.54]

ギリシア語の琥珀って何なんだろう、と思って検索してみたら、電気-wikipedia にも 「電気を表す英単語 electricity はギリシア語の ηλεκτρον ([elektron], 琥珀)に由来する。」 とのこと。電子 (electron) にそっくりですね。

イオン関連の語源についても書かれていました。cation の由来については、決して cation の真の姿。 ではないので要注意です。笑

ion, cation, anion, cathode, anode
彼 (引用注:ファラデー) は電気分解に際して、電荷を帯びたものが生じ、それが移動すると考えた。そこで 「行く」 のギリシア語 ienai をとって、その電荷を帯びたものをイオン (ion) と呼んだ。イオンには陽イオンと陰イオンとがあり、それを区別するために、前者が 「下がる」 を意味するギリシア語 katienai をとってカチオン (cation)、後者が 「上がる」 を意味するギリシア語 anienai をとってアニオン (anion) と命名された。同様に、電極の名称、「陰極」 (カソード cathode) と 「陽極」 (アノード anode) は、それぞれ、下がる、上がるに、「道」 を意味するギリシア語 hodas をくっつけてつくられた。電気分解 (electrolysis)、電解質 (electrolyte)、電極 (electrode) といった用語も同様につくられた。
[出典] 人物で語る化学入門 [p.70]

上の記述の後に、「陰イオンでもアニオンでもない、「マイナスイオン」 という言葉がその怪しげな効能とともに近年広く用いられている」 という痛烈な指摘がなされています。「マイナスイオン」 などというものは化学では存在しません。

最後に、不斉反応の研究者は必読、ラセミの語源がブドウだという豆知識でおしまいです。

racemic
パストゥールは、ワインの発酵中に樽の中に沈殿するブドウ酸 (ラセミ酸) の塩の研究を始めた (ラセミはブドウの房を意味するラテン語から来ている)。(中略) 酒石酸の塩が 「光学活性」 であるのに対して、ブドウ酸の塩がそうではないということであった。(中略) パストゥールは彼の右手型ブドウ酸の塩が実は右旋性の酒石酸の塩と同一物であることと、彼の左手型ブドウ酸の塩はこれまで知られていなかった酒石酸年の鏡像体 (鏡に写った裏返しの像) であることを証明したのであった。最後にパストゥールは、二種類の結晶を同量ずつ混ぜ合わせ、その溶液が予想どおり光学不活性となることも見つけた。パストゥールはブドウ酸の塩の二種類の結晶を選り分けることによって、化学者が今ではラセミ体の 「分割」 と呼んでいる最初でかつ最も有名な操作を行ったのである。〔パストゥールが研究したブドウ酸 (ラセミ酸) にちなんで、鏡像体どうしの混合物をラセミ体という〕。
[出典] セレンディピティー―思いがけない発見・発明のドラマ [pp.81-83]

化学用語の語源 (2) に続く・・・かも。

気ままに有機化学 2012年07月03日 | Comment(1) | TrackBack(0) | 用語・英語
この記事へのコメント
初めまして。こちらのページを読み、大変参考になりましたが、下記の記述を先に読んだ為、あれ?命名の順序が違う・・・と頭がちょっとした疑問符だらけに。実際、個人的には世界大百科事典内の言及の方がしっくり来てしまうのですが(^_^;)
http://kotobank.jp/word/anion
Posted by 修行中 at 2013年01月05日 18:22
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