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天然物の単離、構造決定はひと昔に比べればだいぶ下火になってきていますが、それでも分析技術の発展でこれまででは捉えきれなかった微量天然物の単離、構造決定も可能になってきて、「こんな構造あるの?」 というような新奇な構造もちょろちょろと報告されています。が、様々なテクニックで決定した構造が間違っていた、という話は未だにあり、というか全く減っていない。このあたり全合成の大御所の K. C. Nicolaou が 2005 年に総説 [論文1] を書いていたりしてたのですが、今回の論文はその続き的な内容です。
この論文 [論文2] には 2005 年以降に訂正された天然物の構造が表になっていて、どんなテクニックで構造決定されて、それがどんなテクニックで訂正されたのかが記載されていて、どんな間違いをしたのかが一目瞭然になっています。これ以上の中身については触れませんが、構造決定の主役となる NMR について気になる記載があったので書きとめておきます。
HMBC では通常、2 または 3 結合の H-C 相関がクロスピークとして観測されるが、しばしば (弱いけど) 4 結合相関が観測される。特にヘテロ芳香環では考慮すべき。
2 または 3 結合の H-C 相関が理論上考えられても観測されない場合がある。通常の HMBC では J = 8 Hz のカップリングを観測するようにパルスプログラムが組まれているので (この値は変更可)、この範囲に入らないものはスペクトル上観測されない、という原理を知っておくべき。
位置異性体や副生成物の構造を各種 NMR スペクトルで決める際には、「希望的観測」 は捨てて必ず可能性のある構造についても検討してみる、スペクトルから得られる情報に矛盾はないか、など心に留めておく必要があると思います。あとケミカルシフトにももう少し気を配る必要があるのでは、と感じています。我々は合成的に構造を確認できるという強みもあるので、スペクトルのみに頼らずに誘導化などの方法も考慮するという手もあります。
ちなみに構造決定の手順についてこちらによく書かれています。ご参考まで。
http://jjj.nengu.jp/
http://polaris.hoshi.ac.jp/kyoshitsu/shouyaku/lycopo/hikagetop.htm
[論文1] "Chasing Molecules That Were Never There: Misassigned Natural Products and the Role of Chemical Synthesis in Modern Structure Elucidation" Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 1012.
[論文2] "Survey of marine natural product structure revisions: A synergy of spectroscopy and chemical synthesis" Bioorg. Med. Chem. 2011, 19, 6675.
一つお伺いさせていただきたいのですが、
>通常の HMBC では J = 8 Hz のカップリングを観測するようにパルスプログラムが組まれているので (この値は変更可)、この範囲に入らないものはスペクトル上観測されない、という原理を知っておくべき。
という点について、"範囲"とは、「8 Hz付近」ということでしょうか。
また、2〜3結合離れた炭素-プロトンのロングレンジカップリングで、その"範囲"に入らない典型的な例などございましたら、紹介していただけないでしょうか。
コメントありがとうございます。
8 Hz の件については 8 Hz が最も強く観測されるように設定されているという意味だと思います。(ちなみに、8 Hz というのは芳香族の 3 結合相関にあたるそうです。詳しくはこのコメント下のリンク先をご確認ください)
HMBC が見えない場合について、典型的な例といえるかどうかはわかりませんが、この情報を教えてくれた先輩が遭遇したケースは、エステルのカルボニル炭素とアルコール側の水素の相関が 8 Hz では上手く見えなくて、6 Hz にすることで見ることができたというものです。天然物の構造決定でも論文をよくよく見るとさりげなく 6 Hz で測定しているものなども多数あります (ただし、なぜ 8 Hz ではないのか、どこの相関を見るために 6 Hz にしているのかなどは通常論文には書かれていないように思います)。
他にも二面角の影響で J 値が変化し、HMBC が見えなくなる場合もあります。例えば下のリンク先のコデインの 17 番の水素の HMBC は観測されず、これは H-H カップリングと同様にカップリング定数が二面角に依存しているためだそうです。
私は HMBC の経験も知識も浅く間違いがあるかもしれませんので、詳しくは専門家にご確認ください。また、下のリンク先もご参照ください。8 Hz と 4 Hz でコデインの HMBC がとられていて、勉強になる部分もあるかと思います。
http://www.acornnmr.com/codeine/hmbc.htm
http://www.acornnmr.com/codeine/hmbc_4Hz.htm
http://www.amazon.co.jp/Structure-Determination-Organic-Compounds-Spectral/dp/3540678158
HMBCをとったときには、よく確認してる気がします。まとまった表になっていると有り難いといつも思うのですが、,,
情報ありがとうございます!
今日確認してみましたが、確かにときどき JCH が書かれていますね。載っている本があまりないので貴重ですね。
ただ、やはり置換基の影響や角度の影響とかもあるので、HMBC の取扱いには注意かと。例えば位置異性体の場合、両方あれば比較できて有用ですが、片方だけの場合は出るはずのモノが出なかったり出ないはずのモノが出たり・・・私の会社の先輩も片方だけの HMBC でミスアサインした経験があるみたいです。
1)脂肪族の場合
○2つとなりの炭素との相関はほとんどの場合観測される
○3つとなりの炭素の場合は2面角による。90度に近いと観測されづらく、0や180度に近いと観測されやすい。
2)芳香族の場合
○2つとなり(つまりオルト位の関係)の炭素とは、HMBCは観測されない。もしくは極めて弱い。
○3つとなり(つまりメタ位の関係)の炭素とは、通常HMBC相関が観測される。
3) 角度とJ値との関係は、H-Hカップリングの場合と良い相関を示す。
○H-C-H(ジェミナル)の結合角が120度を超えるとJ値がほぼ0になるように、C-C-Hの結合角も120度に近づくとJ値がほぼ0になる。
○H-C-C-H(ビシナル)の二面角は90度付近でJ値がほぼ0になるのと同様、C-C-C-Hの二面角も90度付近でほぼ0になる。0度、180度では大きくなる。
ッてことは、プロトンでロングレンジが出てしまう系(W型やアリル・プロパルギル)に近い場合は4つ先の炭素とも出る可能性があるっちゅうことですかね。
まとめてくださってありがとうございます!
定番を知ることは大切ですが、あまりルール化してしまうとミスアサインにつながることもあるかと思います。あと、4つ先の炭素とも出る場合としてヘテロ芳香環もありますし、ベンゼン環でも置換基によっては出ることもあるみたいです。
非常によくわかりました。
小さい値に適した設定にすると、不要な相関もしくは意味のな"相関"が増え、各種パルスを与える時間が余分にかかって測定時間も長くなるようですね。
今後も投稿を楽しみにしております。