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● 「Modern Oxidation Methods(第2版)」はどんな本か
本記事では、Stockholm UniversityのJan-Erling Backvall教授編集の「Modern Oxidation Methods」という本をご紹介したい。この本は、2011年の2月に発刊されたばかりで、タイトルの通り“現在ホットに研究されている”酸化反応が12の章にまとまっている。ハードカバーで500ページ弱である。2004年の第1版から基本的な構成は変わらないものの、今回の第2版では新たに第4章と第12章が加わっており、それ以外の章も加筆され最新の情報が掲載されている。
● 目次
1. Recent Developments in Metal-catalyzed Dihydroxylation of Alkenes
(金属触媒によるアルケン類のジヒドロキシル化における最近の発展)
2. Transition Metal-Catalyzed Epoxidation of Alkenes
(遷移金属触媒によるアルケン類のエポキシ化)
3. Organocatalytic Oxidation. Ketone-Catalyzed Asymmetric Epoxidation of Alkenes and Synthetic Applications
(有機触媒酸化: ケトンを触媒としたアルケン類の不斉エポキシ化と合成的応用)
4. Catalytic Oxidations with Hydrogen Peroxide in Fluorinated Alcohol Solvents
(フッ素化アルコール溶媒中の過酸化水素を用いた触媒的酸化)
5. Modern Oxidation of Alcohols using Environmentally Benign Oxidants
(環境調和型酸化剤を用いた最近のアルコール類の酸化反応)
6. Aerobic Oxidations and Related Reactions Catalyzed by N-Hydroxyphthalimide
(N-ヒドロキシフタルイミドを触媒とした空気酸化と関連する反応)
7. Ruthenium-Catalyzed Oxidation for Organic Synthesis
(合成のためのルテニウム触媒による酸化反応) )
8. Selective Oxidation of Amines and Sulfides
(アミン類やスルフィド類の選択的酸化)
9. Liquid Phase Oxidation Reactions Catalyzed by Polyoxometalates
(ポリオキソメタレートを触媒とした液相酸化反応)
10. Oxidation of Carbonyl Compounds
(カルボニル化合物の酸化反応)
11. Manganese-Catalyzed Oxidation with Hydrogen Peroxide
(マンガンを触媒とした過酸化水素による酸化反応)
12. Biooxidation with Cytochrome P450 Monooxygenases
(シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いる生物学的酸化反応)
http://as.wiley.com/WileyCDA/WileyTitle/productCd-3527323201.html より(日本語は拙訳)
● 各章のレビュー(新しく追加された章を抜粋して紹介)
◆ 第4章「Catalytic Oxidations with Hydrogen Peroxide in Fluorinated Alcohol Solvents (フッ素化アルコール溶媒中の過酸化水素を用いた触媒的酸化)」
フッ素化アルコール溶媒中で過酸化水素を用いた反応を行うと反応性が増す。その理由と応用例を示したのが本章である。フッ素化アルコール溶媒中で過酸化水素を用いた酸化反応は1970年後半から80年にかけて最初の報告があり、比較的新しい分野である。本章では、前半でフッ素化アルコール溶媒の6つの特性が箇条書きでまとまっている。すなわち、
1. mildly acidic (マイルドな酸性)
2. strong hydrogen bond donors (高い水素結合供与能)
3. poor hydrogen bond acceptors (弱い水素結合受容能)
4. highly polar solvents (高い極性)
5. high ionizing power (高いイオン化能)
6. non-nucleophilic (弱い求核力)
である。中でも高い水素結合供与能は本章の中心的なテーマであり、なぜ高い水素供与能が酸化剤の反応性を向上させるのが1節を割いて解説されている。後半では、アルケンのエポキシ化とBaeyer-Villiger酸化を中心に反応の具体例が紹介されている。無触媒、アルシン、ジセレニド、レニウムを触媒とした系が紹介されている。この章で興味深いと思ったのは、チオエーテルのスルホキシドへの選択的酸化である。一般にチオエーテルを酸化するとスルホンまで酸化されてしまい選択的な酸化は困難である。しかしHFIP (1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール)中で過酸化水素水と処理した場合は、スルホンは全く生成せずスルホキシドを選択的に合成できる。反応系は中性で、酸に不安定な官能基も影響を受けないようだ。
◆ 第12章「Biooxidation with Cytochrome P450 Monooxygenases(シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いる生物学的酸化反応)」
この章では、シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いた酵素酸化反応が取り上げられている。P450の酸化剤は、酸素分子である。章の前半では、P450の概要から始まり、P450の代表的な反応が紹介されている。活性化されていないsp3炭素のヒドロキシル化、エポキシ化、芳香族のヒドロキシル化、炭素−炭素結合切断、脱アルキル化、等等、果てはDiels-Alder反応やBaeyer-Villigerタイプの酸化反応も触媒するとのこと。通常の酸化剤では成し得ない位置・立体選択的に反応がきれいに進行する様子がスキームから見て取れる。しかしながら、P450を用いた反応では、等量の補酵素NADPHやNADHを必要とすることからコスト面で工業的スケールでの活用が進まないことが問題で、章の後半ではNADPHやNADHを減らす或いは必要としない新たな戦略に関する最近の成果が紹介されている。興味深いのは、engineeringという単語が用いられていたことだ。つまり、目的の反応を達成するために酵素の遺伝子組換え体を作成しているのだ。本文によれば、これまでに1万件以上のP450の配列がオンラインデータベースに登録されてアクセス可能となっているとのことである。
● この本をこんな方におすすめしたい
全章に渡って多くのスキームや表で視覚的に分かりやすく説明されており、参考文献も網羅的に丁寧につけられている。また、各章ごとに背景から丁寧に記されているため大学院生でも十分に読んでいくことができるのではないかと思う。本書で扱われているトピックにご興味があれば一度手に取られてみることをおすすめしたい。
Modern Oxidation Methods
http://www.amazon.co.jp/dp/3527323201/
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森田 昌樹(もりた まさき)
京都大学大学院 理学研究科 D1
研究テーマは天然物の全合成。複雑な化合物と日々奮闘中!
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