生成物推定クイズの解答

問題はこちら。

[問題] 生成物推定クイズ (気ままに有機化学)

面白いケースを紹介したクイズのつもりですが、ちょっぴりイジワルだったかも。

さて、とりあえず基質の構造を書くと下図の左のようになります。これにメタノール中でマグネシウムリボンを反応させると化合物Aができるとのこと。化合物Aの 1H-NMR が書かれているのでわかりやすいところから基質の構造と対応させると、7.01-7.52 (5H, m) はおそらくフェニル基、1.35 (6H, s) はジメチル基、3.63 (3H, s) はメチルエステルだと推測がつきます。残りは 2.05 (4H, s) ですが、基質と比較すると、オレフィンが消失していること、プロトン数が 2H から 4H に増加していることからオレフィンの水素添加が進行したのでは?そう言えばマグネシウム/メタノールというのも還元条件だし、これでバッチリ!・・・と思いきや、ん?(4H, s)?あれ?水素添加体は (2H, t) が 2 つでは?


(4H, s) ということは等価な 2H が 2 つ?ということは対称なメチレンが 2 つできたのかな?でも一体どんな構造?・・・という感じに考えるのが順当なのではないでしょうか。でも、実は答えは上図右のオレフィン水素添加体なのです。

ちょっと待て、どう考えても singlet はおかしい、triplet でしょ!だって、互いに隣の炭素に H が 2 つあるのだから!・・・と思われる方も多いと思います。しかしここでジオキサンやベンゼンの 1H-NMR を思い出して下さい。これらの化合物では隣の炭素に H があるにも関わらず singlet です。磁気的に等価な核同士ではカップリングは見えないからです (なぜ見えないのかについては NMR の教科書をご覧ください)。


同様に対称分子であるジメトキシエタンやコハク酸 (上図右) などもエチレン 4H は singlet に観測されます。では、対称ではない分子ではどうでしょうか?例えばコハク酸に似た化合物の 3-cyano-methylpropionate では 2 つのメチレン基がたまたま同じ化学シフトなため、カップリングが見えず singlet に見えます (下図。図は こちら から引用させていただきました)。つまり、対称でなくても化学シフトが同じになればカップリングは見えなくなるのです。


実は、クイズの答えの化合物は、たまたま化学シフトが等価になり、カップリングが観測されず singlet になったケースです。珍しいケースだと思いますが、私の会社の先輩も下図左端のようなヨウ化物において (Ar は伏せています)、また Totally Mechanistic によると下図右 3 つなどの化合物で singlet に見えたことがあるようです (Ar や R は不明)。


ちなみに確認するためには、重溶媒の種類を変えると化学シフトが変化し、期待通りのカップリングになることが多いようです。NMR の分解能も上がってきていますし、あまり遭遇することのないケースだと思いますが、起こったときには 「モノが出来ていない!何だこれは?」 などと慌てずにクールに対処したいですね。

最後に、問題の反応手順や 1H-NMR は 1991 年の山之内製薬の 特許 から拝借しました。ちなみに別グループからの別の 論文 中の類似化合物 (論文中の化合物 21, 22) でも同じようにメチレン 2 つが (4H, s) となっていることから、これは上の特許のミスではありません。また、マグネシウム/メタノールを用いた α,β-不飽和エステルの還元反応については 1986 年の 論文 を参考に反応を行ったものと思われます。


気ままに有機化学 2011年03月08日 | Comment(0) | TrackBack(0) | クイズ
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