化合物クイズ 3 の解答例

問題はこちら。

Q: 「不斉炭素や不斉窒素など全ての元素の不斉中心」 「軸不斉」 「面不斉」 「らせん不斉」 を含まない光学活性有機化合物を考えてください。合成可能かどうかも、とりあえずここでは問わないことにします。
[問題] 化合物クイズ 2 の解答例 + 化合物クイズ 3

キラル化合物と言えば通常 「不斉中心」 「軸不斉」 「面不斉」 「らせん不斉」 を含む化合物ですが、実はこれらの不斉を含まないキラル化合物というのは結構たくさんあります。

まずは、前回 登場させたカテナン (catenane) とロタキサン (rotaxane)。カテナンやロタキサンはそれ自身ではキラルではありませんが、「向き」 を導入すればキラルになります。例えば、環の中にアミド結合を組み込めばカルボニル基側と窒素原子側の 「向き」 ができます。そして 「向き」 を持ったカテナンやロタキサンはキラル化合物なのです。こういったキラルカテナン [論文1] やキラルロタキサン [論文2] は既にいくつも合成されています (引用論文はごく一例)。



「向き」 を持ったカテナンやロタキサンよりもシンプルなキラル化合物はノット (knot) です。ノットというのは結び目のことで、結び目の作り方によっていくつも種類がありますが、代表的な トレフォイルノット (trefoil knot) と呼ばれるものを下図に示しました。トレフォイルノットは 「向き」 を持たせなくても (つまり単純なアルカンであっても) キラルです


分子トレフォイルノットの研究は 1989 年の先駆的で美しい合成 [論文3] を初めとして、つい最近 2010 年の Nature Chemistry [論文4] にもその合成が報告されています。ちなみに、自然界にはトレフォイルノット構造をもつ酵素もありますので、もしかしたら分子トレフォイルノットを不斉触媒あるいは不斉反応場として使う日が来るかもしれません。

それから、実は以前紹介した 分子メビウスの帯 も通常の不斉源を含まないキラル化合物の 1 つです。メビウスの帯はねじる向きによってキラリティーが生じます

こういったキラリティーは、数学の位相幾何学 (Topology) に倣って "Topological Chirality" と呼ばれる概念です。この分野に興味がある方は 『When Topology Meets Chemistry: A Topological Look at Molecular Chirality』 (Google Books, Amazon) や 『Molecular Catenanes, Rotaxanes and Knots: A Journey Through the World of Molecular Topology』 (Google Books, Amazon) に目を通されると刺激になるかと思います。(Google Books や Amazon のリンク先では内容の一部が無料で閲覧できます)

最後に、"Topological Chirality" に含まれるのかどうかはよくわかりませんが、フラーレン類など球状化合物の中にもキラリティーをもつ化合物もあります。例えば、2010 年の JACS [論文5] にはキラルな C76 フラーレンをホスト-ゲストの化学を用いて 7%ee に光学抽出できたという報告がなされました。


以上、私なりの解答例でした。もし他にご解答をお持ちの方はコメントいただけると幸いです。なお、化合物クイズ 3 のコメント欄では、「中心炭素から 4 つの末端が嵩高い同じ置換基が伸びている。4 つの置換基の末端の手前で 4 種類の異なる環(光学活性なし)でロタキサンになっている化合物。この化合物の場合の中心炭素は不斉炭素と見なされるのかどうか?」 という興味深いご解答 (問題提起?) を瓢鯨さんからいただきました。

化合物クイズ 1, 2, 3 と出題&解答例をやってきましたが、このシリーズは今回で終了です。化合物クイズによらず、有機化学関連で何か面白いクイズをご存じの方は是非ご連絡ください。

[論文1] "A Topologically Chiral [2]Catenand" Angew. Chem. Int. Ed. 1988, 27, 930.
[論文2] "A novel synthesis of chiral rotaxanes via covalent bond formation" Chem. Commun. 2004, 466.
[論文3] "A Synthetic Molecular Trefoil Knot" Angew. Chem. Int. Ed. 1989, 28, 189.
[論文4] "Synthesis of a molecular trefoil knot by folding and closing on an octahedral coordination template" Nature Chemistry 2010, 2, 218.
[論文5] "One-Pot Enantioselective Extraction of Chiral Fullerene C76 Using a Cyclic Host Carrying an Asymmetrically Distorted, Highly π-Basic Porphyrin Module" J. Am. Chem. Soc. Article ASAP.

気ままに有機化学 2010年04月10日 | Comment(0) | TrackBack(0) | クイズ
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