準安定イリドを用いた Wittig 型反応の E/Z 制御

Wittig 反応はアルケンを合成する有用な反応の 1 つです。一般に、不安定イリド (R2 = alkyl) では Z-アルケンが、安定イリド (R2 = alkoxycarbonyl, acyl, cyano) では E-アルケンが優先することが知られていますが、準安定イリド (R2 = aryl, vinyl) では E/Z の混合物として得られることがわかっています。


準安定イリドの E/Z 制御に向けて、リン原子上の置換基の検討が種々なされてきましたが、実用的なレベルの方法論の開発には至っていませんでした。

最近 JACS に掲載された論文 [論文1] では、発想を変えてイリド側ではなくアルデヒド側をチューニングすることで E/Z 選択性の制御に成功しました。すなわち、アルデヒドをイミンへと変換しイミン上の置換基を調節するという手法です。イミンの反応性を上げる目的と C-N 結合切断を加速する目的で、イミン上の置換基には電子求引性のスルホニル基を検討したそうです (スルホニルイミンは比較的安定で合成も容易な点もアピールされています)。種々のスルホニル基を検討した結果、トシル基がほぼ完全な Z 選択性を示しノルマルヘキサデカンスルホルニル基はほぼ完全な E 選択性を示すことを見出だしました。


立体選択性に対する考察がほとんどないのが残念ですが、スルホニルイミンの種類を変えるだけでほぼ完全に E/Z 選択性が制御できるというのは面白いですね。

Wittig 反応は今から 50 年以上前、1954 年に発表された古典的な反応の 1 つです。それから 55 年経った昨年 2009 年には触媒量のリン源を用いた触媒的 Wittig 反応が報告されましたし [論文2]、今年 2010 年になってスルホニルイミンを用いた E/Z 制御法が見出されました。人名反応のようなよく研究された反応でも、まだまだブレークスルーの余地はたくさんあるのかもしれませんね。

おまけ: 安藤香織先生の Z-選択的 Horner-Emmons 反応もずいぶん時間が経ってから発見されたブレークスルーの 1 つです (1958 年 → 1997 年)。安藤法の開発秘話に関してはご本人様が TCI メール に書かれていますので是非一度ご覧ください。論文ではうかがい知れないことが書いてあって面白いです。

[論文1] "A Highly Tunable Stereoselective Olefination of Semistabilized Triphenylphosphonium Ylides with N-Sulfonyl Imines" J. Am. Chem. Soc. ASAP.
[論文2] "Recycling the Waste: The Development of a Catalytic Wittig Reaction" Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 6836.
[関連1] 56年目の革命・触媒的Wittig反応 (有機化学美術館・分館)
[関連2] Catalytic Wittig Reaction (企業の研究員というお仕事)


気ままに有機化学 2010年04月01日 | Comment(3) | TrackBack(0) | 論文 (反応)
この記事へのコメント
Tianらの論文、完璧な選択性ですね。
一般性のとこのテーブルが全部99:1以上なんですけど、他のスルホニルイミンと比較して、そこまでの、エネルギー差が生じる理由ってなんなんでしょうね。
Posted by はかた at 2010年05月28日 14:30
> はかた さん
そうなんです。本文にも書きましたが完璧な立体選択性に関する考察がないのがすごく残念です (私にはこれを合理的に説明するアイデアはありません)。そこを追求することで他の反応の制御にも応用できる原理が見つかるかもしれないので、是非究明して欲しいものです。
Posted by 気ままに有機化学 (管理人) at 2010年05月29日 08:41
例の四角形(アザホスフェタン)の安定性が、スルホニルの置換基で変わるっちゅうことですかね。
電子供与性のヘキサデシル基だと[2+2]のところで逆反応も進行し、求引性のトルイル基だと逆反応がないと仮定すると、熱力学的有利 vs 速度論的有利でE/Zひっくり返るところまでは、一応の説明は出来そうな気もしますが。
そんなに、違うかなあ。
Posted by はかた at 2010年05月29日 16:42
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