2,2,4,4,-tetramethyl-3-pentanone はかさ高いケトンで反応性が低いことが知られています (そのヒドロシリル化の触媒条件は今でも 2 種しか報告がない)。著者らはこのかさ高いケトンの銅触媒ヒドロシリル化において、ユニークなリガンド効果を見出だしました。
PPh3 や P(Mes)3 ではほとんど反応が進行せず、著者らの研究室で開発された tris(3,5-diarylphenyl)phosphane にすると反応性が格段に向上するというのです。(上図には書いていませんが、銅触媒のヒドロシリル化に有効との報告のあるニ座配位のホスファンリガンドもこのかさ高い基質には不向きな結果です)
このリガンドは種々のかさ高いケトンのヒドロシリル化に効果的で、何より面白いのは、かさの低いケトンやアルデヒドの存在下でもかさ高いケトンの還元が優先するという点です。(アルデヒドを保護せずにケトンを優先的に還元するのはこれが初めてのようです。)
この不思議な選択性は、やはりその大きなリガンドに秘密があります。
銅複合体は多量体を形成しやすく、例えば CuCl と PPh3 を混ぜると CuCl(PPh3) が四量体を形成することがわかっています。そして CuCl と著者らのリガンドを混ぜると二量体が得られるとのことで、その大きなリガンドが多量体化を抑制していることがわかります。(ちなみに、銅ヒドリド種も多量体化しやすく Ph3PCuH は六量体として単離されるそうです)
反応メカニズムは以下のように推察されています (著者らのリガンドはボウル状の立体構造をしているのでボウルで描かれています)。鍵中間体は下図上段の銅ヒドリド種と下図下段のアルコキシドです。銅ヒドリド種はケトンやアルデヒドと可逆的にアルコキシドを形成します (step a)。ここで、かさ高いケトンが反応すると単量体になり (かさ高いボウル型のリガンド+かさ高いアルコキシド部のため)、その結果シランとの σ 結合メタセシスが起こりやすくなります (step b)。一方、かさの低いケトンやアルデヒドの場合、多量体化してしまい step b の反応性が低くなる、というわけです。
つまり大きなボウル状のリガンドを用いて銅中心近傍の環境を制御することで、このユニークな反応性が生まれたというわけです。余談ですが、私の同僚の F くんはこの反応機構を見てこうつぶやきました。「環境が変わればガラリと変わっちゃうんだね、反応も人も」。
[関連] こういった変わった選択性や反応性に関するレビューが昨年の Angewandte に報告されていますので、興味ある方は併せてどうぞ。
[論文] "Copper-Catalyzed Hydrosilylation with a Bowl-Shaped Phosphane Ligand: Preferential Reduction of a Bulky Ketone in the Presence of an Aldehyde" Angew. Chem. Int. Ed., Early View.
コメントいただきありがとうございます(辻先生から直々にコメントいただけるとは夢にも思いませんでした!)。とても興味深い論文で、楽しく拝読させていただきました。残念ながら私は今年の化学会年会には参加しませんが、きっと他の読者様から活発な議論があるのではないかと思います。
はじめまして。コメントありがとうございます!σ結合メタセシスはσ結合の組み換え反応のことで、この反応の場合、Cu-O と H-Si の間でメタセシスが起こっています。面白い反応なのできっと化学会では盛り上がるのではないでしょうか。
面白い論文を探していたらこのサイトにたどり着きいろいろ拝読させていただきました。
中でもこの論文、嵩高いほうのケトンが優先的に還元するなんて面白いと思いました。
いくつかリファレンスも読んだのですが、反応をかけるとき、塩化銅、ナトリウムブトキシド、リガンドをいれたあとメタノール性塩酸はなんのために投与しているのでしょうか?
加水分解との関連性がわかりません。
なにぶん知識がないのでとても失礼な質問かもしれませんがご教授いただけると幸いです。
よろしくお願いします。