[問題] NMR クイズ 2
まず、3.70 (1H, d, J=11.1Hz), 3.80 (1H, d, J=10.8Hz) がメチレン水素に相当することは残りのピークから明らかです。問題は 1H ずつに分かれて、それぞれが d に割れていることです。下図左の構造ならば 2H, s となるはずですが、今回観測された NMR の割れ方を考えると下図右のような構造になっていることが考えられます。

ここで思い出してほしいのは、電子求引基の付いたカルボニル基は水やアルコールの付加を受けて安定なジェミナルジオールやヘミアセタールを形成するということです。
例えば下図の クロラール (トリクロロアセトアルデヒド) を水に溶かすと速やかに付加反応が起こり、ジェミナルジオールである 抱水クロラール として安定に存在します (抱水クロラールは以前睡眠薬として使われていた化合物です)。また、エタノールに溶かすとヘミアセタールを形成します。これは、トリクロロメチル基の電子求引性による効果です。

さて、問題の解答です。今回、NMR 溶媒として重メタノールを使用しているので、重メタノールがケトンに付加してヘミアセタールを形成したため、メチレン水素がジアステレオトピックになったことで 1H, d が 2 つ観測されたと考えられます。(ブロモメチル基や 4-ピリジル基の臭化水素酸塩が電子求引性だから)

この解答は、FAB-MS でメタノール付加体の分子量が観測されること、重メタノール中の 13C-NMR でケトンのピークは見られず 98.6ppm にヘミアセタールピークが観測されること、そして重 DMSO 中の 1H-NMR ではメチレン水素が 5.06 (2H, s) に観測されることから支持されます。
カルボニル基がアルコールと反応しないとは限らない、重溶媒が測定サンプルと反応しないとは限らない、このあたりが一見すると奇妙な 1H-NMR を生んだ要因でしょうか。少し特殊な例だとは思いますが、こういったことも起こりうるということを頭の片隅に入れておきたいですね。