試薬クイズ

HOPE ミーティングの取材記事 で、野依良治博士の箴言を紹介しました。「多くの学生が価値のある結果をそのまま捨ててしまっている。うまくいかなくてもある結果が出た時にその結果の価値を考えるんだ。」 と。有機化学の反応や試薬の中にも、このような偶然 (セレンディピティ) を見逃さずにうまく形にすることで生まれたものが数多くあります。ちょうど今月のファルマシア (日本薬学会の会誌) に好例が載っていたのでクイズ形式で紹介します。

ある研究員が、下のメシラートをピリジン中で脱離させてメチレンラクトンに変換しようと試みたところ、驚くべきことに主生成物は THP (テトラヒドロピラニル) 基が外れたものでした。THP 基は塩基性に対して安定でありピリジン中では外れないと信じていた研究員は、この結果を見て飛び上がったそうです。

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その研究員はこの結果からある有名な試薬を開発しました。さて、その試薬とは何でしょう?
(答えは数行下に)








その研究員は考えました。反応に伴い系内に生じたメタンスルホン酸のピリジニウム塩が酸触媒として働きTHP 基の脱離したに違いないと。しかしメタンスルホン酸のピリジニウム塩では潮解性が高く扱いづらい。そこで潮解性を抑えると同時に有機溶媒に溶けやすくするために p-トルエンスルホン酸と組み合わせたのです。その結果、生まれた試薬が PPTS (pyridinium p-toluenesulfonate)。THP 化を含む各種のアセタール化や脱アセタール化、シリル基の脱保護など、様々な反応に対してマイルドな弱酸触媒として使われています。

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ある研究員とは宮下正昭教授です。上の反応を行っていたときのボスの Grieco 教授に PPTS のアイデアを話したところ、「やりたいプロジェクトがたくさんあるから日本に帰ってからやるように」 と言われ、また日本に帰ってから恩師の吉越先生に話しても余り関心を示されなかったそうです。しかし後に論文発表したところ、多くのリプリント請求が届くほどの反響だったとか。

では、なぜ宮下教授はこの PPTS を発見することができたのでしょうか。実は上の反応よりも以前、宮下教授の学位研究で下のエポキシアルコールの THP 化がありました。当時使用されていたすべての酸触媒とジヒドロピランの反応を試みたそうですが収率の再現性が悪く、「もっと安心して使える酸触媒はないだろうか、将来必ず見つけたい」 という思いを強く抱いたそうです。

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酒石酸塩の分晶によって光学異性体を発見した ルイ・パスツール は次のように言ったそうです。「Chance Favors the Prepared Mind

気ままに有機化学 2009年10月12日 | Comment(4) | TrackBack(0) | クイズ
この記事へのコメント
PPTSお世話になってます。
単純にp-TsOHの酸性を抑えるという発想で開発されたのだと思っていましたが、そんな経緯があったとは。
Posted by rskttm at 2009年10月12日 21:45
> rskttm さん
コメントありがとうございます。
こういう話はなかなか表に出てこないですが、面白いですよねー。
Posted by 気ままに有機化学(管理人) at 2009年10月16日 23:24
PPTSは学生時代よくお世話になりました。
日本の先生が偶然開発されていたとは…
他にも禁水の試薬を水系で使用した話などもありましたね。
Posted by shiyakuya at 2009年10月20日 21:51
> shiyakuya さん
コメントありがとうございます!
トリメチルアルミ+水によるエポキシ開環反応ですね。
教科書的にはトリメチルアルミに水を入れるなんてもってのほかですが。
ノーリアクションを水でクエンチして原料を回収しようとしたら反応が行ってたとか。
クエンチしてそのまま捨ててたら見つからなかった反応ですね。
実験は教科書よりも奇なり、ですね。(語呂悪い・・・)
Posted by 気ままに有機化学(管理人) at 2009年10月20日 22:51
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