アジアの大学院博士課程の学生とノーベル賞受賞者が交流する HOPE ミーティング が 9 月 28 日〜10 月 1 日に開催されました。今回、初日の取材に行ってきましたので、その様子をご紹介したいと思います。(ただし、HOPE ミーティングはすべて英語で行われたため、私の聞き違いや誤訳などがあるかもしれないことをご了承ください)
会場は神奈川県・箱根のホテル ザ・プリンス箱根。芦ノ湖の湖畔の高級ホテルです (開催場所は毎回変わります)。参加者はアジア・太平洋地域の大学院博士課程の 104 名 (日本人は 40 名)。そのうち、男性 66 名、女性 38 名。博士課程は男性が多いイメージなので女性の方は 「女性はほとんどいなくて心細いのでは?」 と思うかもしれませんが、心配はなさそうです。また、事前に FaceBook (mixi のような SNS) で参加学生同士のコミュニケーションが取られており、お互い全く知らない状態からいきなり当日交流しなくて済むように配慮がなされていました。
さて、気になる内容ですが、初日は以下のようなプログラムでした (敬称略)。
10:00〜 開会式、記念撮影
10:30〜 基調講演: 野依良治
11:30〜 講演1: ユアン・T・リー
12:30〜 ランチ
13:30〜 グループ・ディスカッション
15:00〜 ポスター・セッション
16:30〜 特別ビデオ講演:安藤忠雄
17:30〜 講演2: 利根川進
なお、私の取材は初日だけですが、2〜3 日目には 田中耕一氏や小林誠博士など の講演やグループ・プレゼンテーションや 上尾直毅 氏のコンサートが、4 日目には 理化学研究所 の見学が予定されてました。(グループ・プレゼンテーションは、各グループで 「新しい発見、創造的な研究をするには何が必要か?」 などいくつかのテーマから 1 つ選んで議論し発表するもの)
まずは野依良治博士とユアン・T・リー博士の講演。自分が科学者になったきっかけや研究内容の紹介に加えて、自らの研究哲学や若い科学者へのメッセージを込めた講演内容でした。講演の後には質疑応答の時間があり、学生がここぞとばかりに質問をぶつけていました。
例えば野依良治博士の講演や質疑では 「科学と芸術」「科学と社会」 について熱く語っておられた印象でした。具体的には 「科学と芸術の源は同一で、偉大な科学には美しさがある。美のセンスも大切にして欲しい」「グリーンケミストリーなしでは化学産業は今後やっていけない。学問的にも 21 世紀の鍵となる問題だし、企業に対しても免税等で支援していくべきだ」「20 世紀は国際競争の時代だったが 21 世紀は国際協力の時代。世界的な社会問題に科学者も向き合う必要がある」 などと仰られていました。(科学者になったきっかけや研究内容に興味がある方は オンリーワンに生きる―野依良治教授・ノーベル賞への道 をご参照ください)
次はグループ・ディスカッション。約 100 名の参加者が専門などによって 25 人程度の 4 グループに分かれて、より親密なディスカッションを繰り広げていました。グループによってディスカッションの内容は異なるようでしたが、例えば野依良治博士のグループでは生き方・哲学に関する質問や有機化学の専門的な議論がなされていました。
例えば、「研究はうまくいかないことも多いが、自分をどのように奮い立たせていたか?」 という質問に対しては、 「自分の研究が本当に新しいことか、本当に重要なことか、よく考えることが大切。そして研究の価値を発見することが大切。多くの学生が価値のある結果をそのまま捨ててしまっている。うまくいかなくてもある結果が出た時にその結果の価値を考えるんだ。」 と実験科学の根本について語っておられました。また、「キラル源として何故軸不斉を選んだのか?」 との質問には、「アミノ酸や糖類は私には美しく見えなかった。BINAP の美しさに魅せられた。君は結婚相手をどうやって選ぶんだい?(笑)。 美のセンスを磨くことも重要。」 と答えて会場を明るくしながら自身の研究哲学を披露しておられました。
他にも、「ネットの登場によって世界はフラットになった。年長者は知識の豊富さで尊敬されていたがそういう時代ではなくなってきた。私ももう誰からも尊敬されないだろう(笑)」「現在の研究者の評価システムを変えるべきだ。論文数や被引用回数ではいい研究かどうかはわからない。深く考えて素晴らしい科学をやるには時間がかかるものだ」 などこれからの科学の在り方についても印象的な知見を述べておられました。こういった考えは論文上からは読み取れないし、ノーベル化学賞受賞者や外国の科学者を含めた議論というのはなかなかやろうと思ってもできないことではないでしょうか。
続いて行われたのはポスター・セッション。これができることが応募資格の 1 つです (応募資格は大学院博士課程に在籍中であること、英語での質の高いポスター発表及び討論が可能であること、所属長の推薦があること)。「英語での質の高いポスター発表及び討論」 なんて言われると腰が引けますが、普通の学会のポスター・セッションと似たような感じです。むしろ学会よりも和気藹々とした雰囲気でした。こうした国や分野を超えたディスカッションから、いつもと違う何か新しいアイデアが生まれるのかもしれません。
・・・ここで私の取材は終了。後ろ髪を引かれる思いで会場を後にしました。
◆ 取材を終えて
今から 200 年以上前、18 世紀のことです。ルーナー・ソサエティ (月光会) という、月一回、満月の晩に行われる会合がありました。メンバーは全英随一の名医エラズマス・ダーウィン (進化論のダーウィンの祖父)、酸素の発見者ジョセフ・プリーストリー、蒸気機関の発明者ジェイムズ・ワット、エンジンの作成者マシュー・ボールトン、印刷業者バスカヴィル、天文学者ウィリアム・ハーシェルなどなど。話題はまったくの自由、ときには音楽や宗教についても語らったとか。このような会合から歴史を変えるほどの科学的発見がいくつもなされたのです。また、ハーバード大学にも、異なる分野の学生が十数人集まって専門・非専門を様々に話し合うハーバード・フェローズという会合があります。・・・新しいアイデアや刺激を得るには、異質なメンバーで集まって喋り倒すことが効果的なのかもしれません。
理系の大学院生活は研究室と家の往復運動になりがちですが、ときには他の研究室・他の分野・他の国の人と話したり、研究以外の雑談をすることも大切なのではないでしょうか。HOPE ミーティングはそういった 「場」 の 1 つの形だと思います。このブログ記事では様子を伝えることに主眼を置いてプログラムに沿って内容を紹介しましたが、もしかするとプログラムにない移動中や食事中のお喋りにこそ本当の価値があったのかもしれません。
最後に、ノーベル賞受賞者との交流の場は小学生からポスドク研究者まで広く機会が用意されており、いずれも 1 年に 1 回程度開かれています。興味をもった方は是非参加してみてください。きっと肌でしか感じ取ることのできないものもあると思います。
・ 博士課程あるいはポスドク研究者を対象とした リンダウ・ノーベル賞受賞者会議
・ 博士課程の学生を対象とした HOPE ミーティング
・ 大学生や高校生を対象とした アジアサイエンスキャンプ
・ 小中学生を対象とした HOPE ミーティング Jr.
◆ このブログの HOPE ミーティング関連記事
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・ HOPEミーティングに取材に行きます
・ HOPE ミーティング Jr. (ジュニア): 小さな科学者の大きな経験
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