有機合成化学者必携!有機合成の定番レシピ

研究室ですぐに使える 有機合成の定番レシピ

今月 20 日に発刊された 研究室ですぐに使える 有機合成の定番レシピ が良書だと思うのですが、内容を紹介したサイトが見当たらないのでご紹介します。

■ 内容概略
 本書の内容概略については、私の拙い言葉で紹介するよりも、巻頭の K. C. Nicolau と Phil. S. Baran による推薦の言葉がよくまとまっています。
クロマトのテクニックから、乾燥溶媒のつくり方、TLC ディップのレシピなど、ラボで毎日使っているテクニックがうまくまとめられている。それだけでなく、官能基変換、酸化反応、還元反応、炭素-炭素結合形成反応、保護基の脱着など、ほぼすべての標準的な反応のレシピが集められている。どんな有機合成の研究者にも必携の一冊となるに違いない
■ 内容詳細 - 反応のレシピ編
 官能基変換、酸化反応、還元反応、炭素-炭素結合形成反応、保護基の脱着という分類で標準的な反応が一通り並んでいます。すべての反応に具体的な実験項が記載されていて、どの反応条件でやるか迷ったときの First Choice の決定に使えそうです。印象としては Organic Synthesis の日本語版に近い感じでしょうか。比較的新しい反応についても掲載されています。例えば、Hartwig-Buchwald 芳香族アミノ化反応については以下のような記載。
 この反応は最近開発されたものであるが、その有用性のためにすでに数多くの総説 (*) があるので参考にするとよい。反応条件はたいへんたくさん発表されていてどれを使うか迷うところではあるが、下記にあげるのがおそらくもっとも簡単で、まず最初に試してみるべき価値のある条件であろう。
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オーブンで焼いて乾燥したシュレンク管にパラジウム触媒 (2.3 mg, 0.005 mmol) とナトリウム t-ブトキシド (134 mg, 1.4 mmol) を入れる。シュレンク管を真空ポンプを用いてアルゴン置換した後、4-クロロトルエン (126 mg, 1 mmol)、トルエン (1 mL) およびモルホリン (105 mg, 1.2 mmol) を加える。反応フラスコを 80 ℃に加熱する。出発物質の 4-クロロトルエンの消失をガスクロマトグラフィーで追跡する。反応完了後、室温に冷却しエーテル (40 mL) を加え、水 (10 mL) で洗浄する。有機層を分離し、無水硫酸マグネシウムで乾燥後、濾過して濃縮すると粗生成物が得られるのでこれをフラッシュクロマトグラフィーで精製して目的のアニリン誘導体を得る。収量 172 mg。収率 97 %。
【参考文献】 D. Zim,S. L. Buchwald, Org. Lett., 5, 2413-2415(2003).
(*) 書籍では総説の文献が記載されている。本ブログでは省略。
また、実験項だけでなく、実験テクニックや注意事項などについても触れられています。
 (stille カップリング反応の欄で) 後処理時のうまい方法 : もし生成物がアセトニトリルに溶け、石油エーテルもしくはヘキサンに溶けにくいのなら、粗生成物をアセトニトリルに溶かし、石油エーテルで数回洗浄すると、スズ化合物を石油エーテル相に効果的に除去できる。
 (四酸化オスミウム酸化の欄で) 四酸化オスミウムは毒性が高い。揮発性が高く、蒸気に触れると失明してしまう危険があるのでドラフト中で防護して、注意して取り扱うこと。
■ 内容詳細 - 実験テクニック編
 有機合成実験をはじめたばかりの学生に、自己流の癖がつく前に是非読んで欲しい内容。防護具や安全性について、無水溶媒や冷却浴の作り方について、各種試薬の調製法について、クロマトや再結晶のテクニックなどについて非常によくまとまっています。続 実験を安全に行うために―基本操作・基本測定編 と共に研究室に一冊置いておきたいという印象。
 具体的な内容については本屋で立ち読みしてみて欲しいのですが、実験にある程度慣れて油断している方 (私を含めて) のために、本書で紹介されている安全具に関するエピソードを 2 つ引用しておきます。
 (K. B. Sharpless 教授に関して) もちろん彼は安全に配慮し常に保護めがねをかけていたのだが、まだ若手助教授だったころの 1970 年代のある深夜の事件が彼の人生を一変させた。学生がつくったガラス封入した NMR チューブの出来を確認していたとき、帰宅間際だったこともあって "たまたま" 保護めがねをしていなかった。そしてチューブは彼の目の前で炸裂した。ガラス破片は彼の眼球を直撃。これがもとで彼は片目の視力を永久に失ってしまった。病院での耐えきれない痛みや苦しみ、失明するかもしれない絶望感も、筆舌に尽くしがたいものであったという。彼は言う "私の経験からいえるのはたった一つ、いついかなるときでも保護めがねを絶対にかけよう。もし怠ればその代償は計りしれない"。
 (Karrn Wetterhahn 教授に関して) 1997 年、ジメチル水銀を使った実験をしていたのだが、なんと 10 ヶ月後、これがもとで亡くなってしまった。たった一滴の有機水銀を手にこぼしたがために。もちろん彼女はよく換気できるドラフトで実験していたし、保護手袋もしていた。しかし、後でわかったことだが、彼女のしていたラテックスの保護手袋はジメチル水銀に対してはまったく保護にはなっていないことがわかった。この悲劇的な話は、保護手袋をしているからといってそれだけで安全だと盲信してはいけないことを教えてくれる。
■ 原著との比較
 本書は 3990 円なので学生にとっては少し高価に感じるかもしれません。しかし本書の原著である Modern Organic Synthesis in the Laboratory: A Collection of Standard Experimental Procedures がペーパーバックでも 8000 円以上、ハードカバーだと 13000 円以上することを考えると、むしろ日本語版は半額以下というお買い得価格です。また、日本の研究事情に合わせて一部改訂や追加をしてくださっているようですので、日本の研究者には原著よりも使いやすいかと思います。レイアウトもきれいで、上村明男教授らによる訳も読みやすいです。 (良いことばかり書いているのであえて重箱の隅をつつくならば、p42 に 「精製」 を 「生成」 と漢字変換ミスがあります)

気ままに有機化学 2009年08月29日 | Comment(2) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本
この記事へのコメント
俺も、その本が気になってたのよ。
レビューありがとさん。
日本帰ったときに買ってみまふ。
Posted by はかた at 2009年08月30日 14:55
> はかた さん
どういたしまして!
はかたさんレベルの人が必要とする本かどうかは立ち読みしてから決めて欲しいと思いますが、少なくとも研究室に一冊置いて損はないと思います。もし英語の有機化学の新刊でおすすめのがあれば教えて下さいね。
Posted by 気ままに有機化学(管理人) at 2009年09月03日 09:11
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