今回はボロン酸の進化した形として、トリフルオロボレート、環状トリオールボレート、MIDA ボロネートの 3 つを簡単に紹介します。いずれも sp2 ホウ素の空軌道をブロックすることで安定性を飛躍的に高めている のが特徴です。
(1) ボロン酸、ボロン酸エステル/boronic acid, boronic ester
芳香族ボロン酸は比較的安定ですが、電子求引基をもつ芳香族やヘテロ芳香族・アルキル・アルケニル・アルキニルボロン酸は湿気による分解があり、取り扱いや保存性に難点があります。また、一般にボロン酸は単離や精製が困難なことが多く、また脱水三量化しボロキシンを形成するため量論量が定まらないといった問題もあります。また、反応耐性も狭く、ホウ素導入後すぐに反応に使うのが一般的です。
(2) トリフルオロボレート/trifluoroborate
そんなボロン酸・ボロン酸エステルの欠点を克服すべく、2000 年前後から報告が急増しているのがトリフルオロボレートの化学。調製法は、ボロン酸あるいはボロン酸エステルに KHF2 を反応させるだけで多くの場合収率よく対応するトリフルオロボレートのカリウム塩が得られます。これは結晶性の固体で空気や湿気に安定で長期保存が可能。また、ビニルボロン酸(エステル)は極めて不安定ですが、ビニルトリフルオロボレートは 100g スケールでも合成可能なんだとか!また、反応耐性も広く、ある意味ではボロン酸の保護基とも言えそうです。
[総説] "Potassium Organotrifluoroborates: New Perspectives in Organic Synthesis" Chem. Rev. 2008, 108, 288-315.
[総説] "Organotrifluoroborates: Protected Boronic Acids That Expand the Versatility of the Suzuki Coupling Reaction" Acc. Chem. Res. 2007, 40, 275-286.
(3) 環状トリオールボレート/cyclic triolborate
トリフルオロボレートはボロン酸のいくつかの欠点を補った改良型ですが、一方で多くの有機溶媒に溶けにくく、フッ素原子の高い電気陰性度のために遷移金属触媒に対する反応性が低いなどの改良の余地を残していました。そこで、宮浦憲夫教授らのグループ (鈴木-宮浦カップリングの開発者の宮浦先生) は、2008 年に環状トリオールボレートを新規ホウ素反応剤として報告しています。
調製法はトリオールとの加熱脱水によりボロン酸エステルにした後、水酸化カリウムなどの強塩基を加えてさらに脱水することでトリオールボレート塩が多くの場合収率よくできるようです。このトリオールボレートは鈴木-宮浦カップリングでは塩基の添加なく反応が進行し、またアリールブロミドとの反応ではほとんどの場合に配位子の添加なく反応が進行するそうです。また、N-アリール化反応ではホウ酸やトリフルオロボレートよりも反応性が良いことを比較して示しています。現在、和光純薬から十数種類発売されています。
[文献] "Cyclic Triolborates: Air- and Water-Stable Ate Complexes of Organoboronic Acids" Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 928-931.
[総説] "有機環状トリオールボレート塩を用いる遷移金属触媒反応" 和光純薬 pdf
[総説] "トリオールボレート塩:金属触媒反応用に開発されたホウ素試薬" 和光純薬 pdf
(4) MIDA ボロネート/MIDA boronate
MIDA とはN-メチルイミノ二酢酸の略語で、これでボロン酸を保護する方法論がイリノイ大学の Martin D. Burke らのグループによって 2007 年から何報も JACS に報告されています。MIDA ボロネートは取り扱いが容易で、空気や水に安定かつクロマトグラフィーで精製可能、反応耐性も極めて広い。また調製(ボロン酸と加熱脱水など)や脱保護(温和な塩基性水溶液)も容易。さらに、興味深いことに、通常の無水のクロスカップリング条件下では不活性であり、含水系では活性となることがわかっており、この性質を利用してこれまで不可能だった経路での天然物の合成をいくつも報告しています。
すでに Sigma-Aldrich 社から数十種の MIDA ボロネートが販売されており、中には通常のボロン酸では不安定すぎて作れないようなものもあります。面白いことに、論文の Acknowledgment に目を凝らすと、最初は "acknowledge Sigma-Aldrich for a gift of Pd(PPh3)4" だったのが "for gifts of reagents" に変わり、最近では "for funding" にまで変わっており、手を組んでいく様子が手に取るようにわかります。こういう風に論文を楽しむのもまた一興ではないでしょうか。
[総説] "ボロン酸MIDAエステル:反復クロスカップリング用の低反応性ボロン酸誘導体" Sigma-Aldrich pdf
[論文] "A General Solution for Unstable Boronic Acids: Slow-Release Cross-Coupling from Air-Stable MIDA Boronates" J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 6961–6963.
今回はボロン酸の進化した形として、トリフルオロボレート、環状トリオールボレート、MIDA ボロネートの 3 つを簡単に紹介しました。個人的には MIDA ボロネートが頭1つ上かなという印象ですが、これから更にボロン酸は進化するかもしれませんね。
[関連] ボロン酸をタグにした多段階 Phase-Switch 合成 (気ままに有機化学)
J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 758-759
お返事遅くなりました。情報ありがとうございます!
ジアミノナフタレン、未チェックでした。MIDA ボロネートと一部似た使い方ですね。
分液で落とせるのかが若干気になりますが・・・。
acknowledgement のくだり、楽しんでいただけたようで何よりです!MIDAボロネートは、ケミストリーももちろん面白いですが、違った意味でも楽しめる論文でした。笑