Baran のエレガントな合成とレドックスエコノミー

数学の世界では簡潔で美しい証明を 「エレガントな証明」 と賞賛し、長ったらしく不格好な証明を 「エレファントな証明」 とからかうのだそうです。これを有機化学の世界に当てはめると、工程数が短く骨格構築が美しい合成を 「エレガントな合成」、工程数が長く官能基変換ばかりの不格好な合成を 「エレファントな合成」 と呼ぶのでしょうか。笑

さて、「エレガントな合成」 と聞いて思い浮かぶ有機化学者の一人に Phil S. Baran が挙げられるかと思います。彼の全合成は本当に短工程で、ときに 「そんな反応どっから思いつくの??」 と不思議に思うような反応も散見されます。そんな彼の合成を支えるのは、膨大な知識とアイデアはもちろんのこと、全合成に対する思想があるように思います。

それは柴崎正勝研のセミナー資料の Baran's 8 rules から窺い知ることができます。
[資料] "A Key Person: Phil S. Baran" (pdf)

Baran's 8 rules (太字は私が勝手に付けた)
(1) redox reactions that do not form C-C bonds should be minimized
(2) the percentage of C-C bond forming events within the total number of steps in a synthesis should be maximized
(3) disconnections should be made to maximize convergency
(4) the overall oxidation level of intermediates should linearly escalate during assembly of the molecular framework (except in cases where there is strategic benefit such as an asymmetric reduction)
(5) where possible, cascade (tandem) reactions should be designed and incorporated to elicit maximum structural change per step
(6) the innate reactivity of functional groups should be exploided so as to reduce the number of (or perhaps even eliminate) protecting groups
(7) effort should be spent on the invention of new methodology of facilitate the aforementioned criteria and to uncover new aspects of chemical reactivity
(8) if the target molecule is of natural origin, biomimetic pathways (either known or proposed) should be incorporated to the extent that they aid the above considerations

この 8 つのルールを頭に置いて今一度 Baran の全合成を見直すと、これらが如何に彼の全合成を魅力的にしているかがよく理解できるかと思います。

しかしながら 「言うは易し、行うは難し」 という先人の箴言通り、漠然とした概念は分かっていてもそれを具体的に実現するまでには大きな隔たりがあります。ところで Baran の 8 つのルールのうち実に 2 つもが酸化還元反応に言及したものであり((1) と (4))、彼が如何に酸化還元反応に気を配っているかが窺えます。

そんな中、最近 Baran の酸化還元反応に対するコンセプトについて、より具体的な反応例や合成例を盛り込んだレビューが Angewandte 誌に報告されていました。
[論文] "Redox Economy in Organic Synthesis" ACIEE, 2009, Early View

ごく簡単に言えば骨格構築や不斉点の導入に関与しないような酸化還元反応(レドックス反応)は減らそうというレドックスエコノミーについてですが、具体的な反応例、合成例、コンセプト、レドックスエコノミーを最大化するための戦略などについて詳細に書かれており、とても勉強になります。特に全合成を研究されている方には一読をお勧めします。

「アトムエコノミー」「ステップエコノミー」「レドックスエコノミー」 の全てが最大化された合成が 「エレガントな合成」 の背景にあるものであり、21 世紀の全合成のあるべき姿の 1 つかもしれませんね。

09.06.18.追記
Nature Chemistry に 「保護基フリー」 の合成に関する Baran らのレビューが出ました。
[論文] "Protecting-group-free synthesis as an opportunity for invention" Nature Chemistry, 2009, 1, 193.

気ままに有機化学 2009年04月04日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (合成)
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