(1) Transition-Metal Free Suzuki Coupling
2003 年に遷移金属を使わない鈴木カップリング反応が Nicholas E. Leadbeater らによって報告されました [論文1]。驚くべきことに、Pd を加えることなく、炭酸ナトリウム、テトラブチルアンモニウムブロマイド、水存在下、マイクロウェーブで加熱するだけで収率よくビアリールが生成するというのです。しかも鈴木カップリングを触媒する Pd、Ni、Pt、Cu、Ru が系中に含まれるか計器を用いて検査しても検出されなかったというのです。

「これはすごい反応だ!」「どういうメカニズムだ?」 と思われた方も多いかと思いますが、これには後日談があって、後に同グループが市販の炭酸カリウムに計器の検出限界以下だった 50ppb (ppm ではなく ppb) の Pd が含まれていたこと、そしてこの極微量の Pd が反応を触媒していることを明らかにしたのです [論文2]。マジックと同じで種を明かせば何てことないかもしれませんが、この反応の場合マジックではなく種のすごさ、つまり Pd がもつ驚異的な触媒活性の強さに舌を巻かずにはいられないのではないでしょうか。
(2) Hydroamination and Hydroalkoxylation
次は触媒本体が実は違ったという話です。ヒドロアミノ化やヒロドアルコキシ化は Au、Ag、Cu、Ru、Pd、Pt などの金属トリフラートによって触媒されることが知られていましたが、2006 年に John F. Hartwig らは真の触媒は金属錯体ではなく系中で遊離したトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)だと発表しました [論文3]。

実際、1mol% の TfOH で反応は進行し、また上図に示すように反応選択性も TfOH と金属錯体で同じであったというのです(TfOH 触媒ではカルボカチオン中間体の安定性から多置換アルケンが反応し、金属錯体触媒では立体的に有利な小置換アルケンも同時に反応すると考えられる)。
ちなみにこれまで何故気づかれなかったのかというと、今までの対照実験では 10〜15mol% の TfOH を使っていたそうですがこの量では生成物が分解して収率が低下するそうです。つまり 1mol% という少ない触媒量が鍵だったようです。大は小を兼ねるとはいいますが、触媒は多ければいいってものではないですね。(この論文に連続して類似点のある内容が Chuan He らによって報告されているので興味ある方はどうぞ [論文4])
(3) LDA-Mediated Ortholithiation
NMR や反応速度論を利用した Li 種の構造や反応機構の推定というユニークな研究で JACS を連発しまくる David B. Collum。そんな彼らは 2008 年に LDA を介したオルトリチオ化反応において自己触媒作用があることを報告しています [論文5]。

LDA (単量体であれ二量体であれ)と基質の二分子反応だとすると実験で得られた反応速度(1次消失) と一致しないことに着目し、NMR などから上図に含まれる活性種を推定、種々の条件での反応速度の変化(分子種の濃度変化)から反応機構を推察した結果、アリールリチウム種と LDA の混合二量体による自己触媒作用を見出したようです。
Li 種の反応速度論からの反応機構の推定というのは彼らほど本格的にやっているグループは私は他に知りませんが、とても興味深い手法だと思います。(Collum Group Website ; 現在 7 人の院生と 2 人のポスドクで、2008 年 は JACS が 6 報で JOC が 2 報)
今回は思わぬところに触媒があったり思わぬものが触媒として働く例をいくつか紹介しました。触媒反応をやっていてもそれが真の触媒種なのかどうか、触媒反応でなくても何か触媒として働いているのではないかと考えることも大切かもしれませんね。
[論文1] "Transition-Metal-Free Suzuki-Type Coupling Reactions" Nicholas E. Leadbeater, Dr. Maria Marco, Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 1407.
[論文2] "A Reassessment of the Transition-Metal Free Suzuki-Type Coupling Methodology" Nicholas E. Leadbeater et al. J. Org. Chem. 2005, 70, 161.
[論文3] "Hydroamination and Hydroalkoxylation Catalyzed by Triflic Acid. Parallels to Reactions Initiated with Metal Triflates" J. F. Hartwig et al. Org. Lett. 2006, 8, 4179.
[論文4] "Brønsted Acid Catalyzed Addition of Phenols, Carboxylic Acids, and Tosylamides to Simple Olefins" C. He et al. Org. Lett. 2006, 8, 4175.
[論文5] "Autocatalysis in Lithium Diisopropylamide-Mediated Ortholithiations" D. B. Collum et al. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 18008.
ちゅうか、そんな計器があるのね。
パラジウムや他の金属が含まれていないことのチェックに関しては論文中 Table1 の下あたりに書かれています(コピペしようとしたら英文が多いとはじかれました)。どんな計器なのかはよくわかりませんが、パラジウムは 0.1ppm も検出されず、他の金属 As, Bi, Be, Cd, Ce, Co, Cr, Cu, Dy, Eu, Gd, Ge, Hf, Hg, Ir, K, La, Li, Mn, Mo, Nd, Ni, Os, P, Pb, Pr, Pt, Re, Rh, Ru, Sb, Sc, Se, Sm, Sn, Tb, Th, Ti, Tl, Tm, V, Y, Yb, Zn, Zr は検出限界の 0.5-1ppm は検出されなかったとのことです。