X線結晶構造解析ができても構造決定は慎重に

臨床試験の化合物の化学構造が誤っていた では、X線結晶構造解析を決め手のひとつとして構造のミスアサインが明らかとなった事例を取り上げました。今回は、X線結晶構造解析を用いた構造決定が実は誤っていたというケースを紹介します。

2005年に Ming-Jung Wu らは、エンジインとアジ化ナトリウムの反応により 1H-benzotriazole が構築されることを報告しました(下図)[論文1]。生成物の1つのX線結晶構造解析に成功し、"The structure of 2a was unambiguously determined by single-crystal X-ray analysis (Figure 1)." としています。



一方、上の論文を見て興味をもった Anna V. Gulevskaya らは、2010年に、ヘテロ芳香環に組み込まれたエンジインに対して同様の反応を試みたところ 1H-benzotriazole ではなく [1,2,3]triazolo[1,5-a]pyridine ができたと報告しました(下図。上図とは窒素原子の位置が違います)[論文2]。2つの生成物のX線結晶構造解析に成功し、"The structure of 9c was unambiguously determined by single-crystal X-ray analysis (Fig. 2)." としています。



さて、[論文1] と [論文2] で生成物の環構造(窒素原子の位置)が異なるのは、基質の違いによって異なる環化形式を取ったのでしょうか?それともどちらかの構造が間違っているのでしょうか?X線結晶構造解析では、場合によっては窒素原子と炭素原子の区別が困難なので、どちらかがミスアサインしている可能性があります。

2014年になって、[論文2] の著者らから、[論文1] の構造(1H-benzotriazole)は誤りで [論文2] の構造([1,2,3]triazolo[1,5-a]pyridines)が正しいという報告がありました [論文3]。[論文1] に基質を合わせて実験し、構造決定の根拠として次の3点が挙げられています。

・ NMR: HMBCで下図の青矢印で示した相関が観測されたこと。
・ 結晶解析: X線結晶構造解析で R-factor が 1H-benzotriazole よりも [1,2,3]triazolo[1,5-a]pyridine の方が良好であったこと。
・ 計算化学: 反応メカニズムでは最初にアルキンとアジドの [3 + 2] 付加環化反応が起き、その後トリアゾール環の炭素原子がもうひとつのアルキンに環化反応することで 1H-benzotriazole が、トリアゾール環の窒素原子がもうひとつのアルキンに環化反応することで [1,2,3]triazolo[1,5-a]pyridines
が生成するが、量子化学計算で [1,2,3]triazolo[1,5-a]pyridines 生成がはるかに有利なこと。



おそらく [論文1] の著者らは何らかの拍子に生成物の構造を 1H-benzotriazole だと思い込んでしまったために構造決定の誤りに気付かなかったものと思われます(それでも反応機構的にちょっとおかしい気はしますが・・・)。X線結晶構造解析は構造決定の強力なツールですが、それだけで安心してしまうと上記のようなケースにつながることもあります。X線結晶構造解析ができても構造決定は慎重に。

[論文1] Reaction of (Z)-1-aryl-3-hexen-1,5-diynes with sodium azide: synthesis of 1-aryl-1H-benzotriazoles. Org. Lett. 2005, 7, 475. DOI: 10.1021/ol047563q
[論文2] A novel tandem cyclization of condensed 2,3-dialkynylpyrazines into [1,2,3]triazolo[1′,5′;1,2]pyrido[3,4-b]pyrazines promoted by sodium azide. Tetrahedron 2010, 66, 146. DOI: 10.1016/j.tet.2009.11.039
[論文3] Heterocyclization of Enediynes Promoted by Sodium Azide: A Case of Ambiguity of X-ray Data and Structure Revision. Org. Lett. 2014, 16, 1582. DOI: 10.1021/ol500125j

気ままに有機化学 2014年10月28日 | Comment(0) | 論文 (その他)

2014年9月の有機化学関連書籍

Greene's Protective Groups in Organic Synthesis 分子論理ゲート 情報処理のできる機能性分子 (KS化学専門書) Molecular Machines and Motors: Recent Advances and Perspectives (Topics in Current Chemistry) Metal Free C-H Functionalization of Aromatics: Nucleophilic Displacement of Hydrogen (Topics in Heterocyclic Chemistry)

情報
Greene's Protective Groups in Organic Synthesis (5th edition) を特価の8500円で購入する方法が ワイリー・サイエンスカフェ で紹介されています。2014年10月31日まで、全国配送無料。

和書
分子論理ゲート 情報処理のできる機能性分子
ブラウン有機化学〈下〉
X線結晶構造解析入門: 強度測定からCIF投稿まで
次世代共役ポリマーの超階層制御と革新機能
光化学―基礎から応用まで
化学工学のための数学の使い方
LC/MS,LC/MS/MSの基礎と応用
分析・測定データの統計処理: 分析化学データの扱い方
現場で役立つ 化学分析の基本技術と安全
新しい物質の科学(改訂2版)―身のまわりを化学する―
スイスと日本の近代化学: スイス連邦工科大学と日本人化学者の軌跡
現代化学 2014年 10月号 [雑誌]
化学 2014年 10月号 [雑誌] (一部を除いて 化学同人 HP で無料で読めます)

洋書
Greene's Protective Groups in Organic Synthesis (5th edition)
Concepts and Case Studies in Chemical Biology
Molecular Machines and Motors: Recent Advances and Perspectives
Conformational Concept For Synthetic Chemist's Use: Principles and in Lab Exploitation
Metal Free C-H Functionalization of Aromatics: Nucleophilic Displacement of Hydrogen
From C-H to C-C Bonds: Cross-Dehydrogenative-Coupling
C-C Bond Activation
Homogeneous Catalysis for Unreactive Bond Activation
Advanced Separation Techniques for Polyolefins
Organo-di-Metallic Compounds (or Reagents): Synergistic Effects and Synthetic Applications
Enantioselective Multicatalysed Tandem Reactions
Fundamentals of Asymmetric Synthesis
Selective Catalysis for Renewable Feedstocks and Chemicals
Alternative Solvents for Natural Products Extraction
Carbon Dioxide Utilisation: Closing the Carbon Cycle
Annual Reports on NMR Spectroscopy, Volume 83

気ままに有機化学 2014年10月09日 | Comment(0) | 月別有機化学関連書籍