臨床試験の化合物の化学構造が誤っていた

臨床試験の化合物 (TIC10) の化学構造が誤っていて、それを見つけた別のグループが特許を申請して、別の製薬企業にライセンスしたという事件。

Tumor necrosis factor (TNF)-related apoptosis-inducing ligand (TRAIL) は、サイトカインのひとつで、ガン細胞にアポトーシスを誘導しながらも正常細胞にはほとんど毒性を示さないことから抗ガン剤として期待されています。ペンシルベニア州立大学の Wafik S. El-Deiry らが、National Cancer Institute (NCI) のデータベースから TIC10 (=TRAIL-inducing compound 10、下図の化合物 1) が TRAIL の発現を誘導することを発見し、実際に動物モデルで有効性と安全性が確かめられています。そして TIC10 に関する特許 (US8673923) を出願し、Oncoceutics (El-Deiry が共同設立者の会社) にライセンスし、臨床試験を開始しました。論文は 2013 年に発表されています [論文1]


ところが今月、Angewandte に驚きの論文が発表されました。スクリプス研究所の Kim D. Janda らによるもので、TIC10 の化学構造は化合物 1 ではなく 2 だというのです [論文2]。Janda らは TIC10 に興味を持って特許記載の構造 (化合物 1) を合成しましたが、全く活性が認められませんでした (合成法は報告されていなかったので独自に合成)。そこで NCI から TIC10 を取り寄せたところ、このサンプルからは活性が確認されました。NCI から取り寄せたサンプルの HMBC を測定すると、イミダゾリン環のメチレンプロトンとカルボニル炭素の間に全く相関が見られず、ベンジル位のプロトンとカルボニル炭素の間に相関が観測されました。このことから、TIC10 の構造は化合物 1 ではなく化合物 2 ではないかと考え、最終的に化合物 12 のX線結晶構造解析により確認しています。

また、最近 MedKoo Biosciences という会社から TIC10 が市販になりましたが、そのサンプルでも活性は確認できなかったそうです。X線結晶構造解析によると、このサンプルは化合物 1 でも 2 でもなく、3 だったとのこと。もう開いた口が塞がらないですね。

ちなみに Janda らは TIC10 の正しい構造 (化合物 2) を特許出願し、Sorrento Therapeutics (Janda が取締役を務める会社) にライセンスしています。さて、TIC10 は Oncoceutics のものになるのか Sorrento Therapeutics のものになるのか、コラボレーションになるのか裁判になるのか。権利の帰属をはっきりさせないと臨床試験を進めるのに必要なベンチャーキャピタルからの出資は得られないだろうという声もあります [C&EN]。どういう形にせよ、患者さんに届くのが遅れないような形になって欲しいものです。

基本的なことだとは思いますが、教訓として、
・ 構造決定は慎重に確実に (2次元 NMR、X線結晶構造解析、誘導体化なども駆使して)
・ データベースの登録構造や市販の化合物の構造は必ずしも正しいとは限らない

[関連] 構造決定にご注意を (気ままに有機化学)
[論文1] "Dual Inactivation of Akt and ERK by TIC10 Signals Foxo3a Nuclear Translocation, TRAIL Gene Induction, and Potent Antitumor Effects" DOI: 10.1126/scitranslmed.3004828
[論文2] "Pharmacophore Reassignment for Induction of the Immunosurveillance Cytokine TRAIL" DOI: 10.1002/anie.201402133
[C&EN] Tug Of War Over Promising Cancer Drug Candidate


気ままに有機化学 2014年05月31日 | Comment(1) | 論文 (その他)

2014年4月の有機化学関連書籍

ハートウィグ 有機遷移金属化学(上) ウォーレン有機合成: 逆合成からのアプローチ 現代有機硫黄化学: 基礎から応用まで (DOJIN ACADEMIC SERIES) 京都大学人気講義 サイエンスの発想法――化学と生物学が融合すればアイデアがどんどん湧いてくる

和書
ハートウィグ 有機遷移金属化学(上)
ウォーレン有機合成: 逆合成からのアプローチ
現代有機硫黄化学: 基礎から応用まで
ヘテロ環化合物の化学
フラーレン誘導体・内包技術の最前線
イオン液体〈2〉驚異的な進歩と多彩な近未来
京都大学人気講義 サイエンスの発想法――化学と生物学が融合すればアイデアがどんどん湧いてくる
理系のための 研究者の歩き方
実践・化学英語リスニング(1)物理化学編: 世界トップの化学者と競うために
実践・化学英語リスニング(2)有機化学編: 世界トップの化学者と競うために
実践・化学英語リスニング(3)生化学編: 世界トップの化学者と競うために
こわくない 有機化合物超入門~口紅からダイオキシンまで身近なものから理解する~
興味が湧き出る化学結合論 ―基礎から論理的に理解して楽しく学ぶ―
少しはやる気がある人のための 自学自修用 有機化学問題集
ベーシック創薬化学
見てわかる構造生命科学: 生命科学研究へのタンパク質構造の利用
理科の散歩道―化学のみちしるべ
光る生物の話
次世代のバイオ水素エネルギー開発: 再生可能エネルギーの創出と変換をめざして
現代化学 2014年 05月号 [雑誌]
化学 2014年 05月号 [雑誌] (一部を除いて 化学同人 HP で無料で読めます)

Gold Catalysis: An Homogeneous Approach (Catalytic Science Series) Reactive Intermediates in Organic Chemistry: Structure, Mechanism, and Reactions Computational Organic Chemistry Key Chiral Auxiliary Applications, Second Edition

洋書
Gold Catalysis: An Homogeneous Approach
Reactive Intermediates in Organic Chemistry: Structure, Mechanism, and Reactions
Computational Organic Chemistry
Key Chiral Auxiliary Applications, Second Edition
Organic Stereochemistry: Guiding Principles and Biomedicinal Relevance
The Organometallic Chemistry of the Transition Metals
The Chemistry of Metal Phenolates
Synthesis of Saturated Oxygenated Heterocycles II: 7- to 16-Membered Rings
Endohedral Fullerenes: From Fundamentals to Applications

気ままに有機化学 2014年05月20日 | Comment(0) | 月別有機化学関連書籍