2012年4月発刊の有機化学関連書籍
2010 年 10 月に刊行された 『The Art of Process Chemistry』 が翻訳されて 『アート オブ プロセスケミストリー: メルク社プロセス研究所での実例』 として今月出版されました。本日の Amazon 価格では原著が 12,627 円に対して日本語版が 6,825 円と約半額。ちなみに翻訳と言っても、実は原著 (編集、分担執筆) も日本語版 (翻訳) もどちらも安田修祥氏によるもの。覚えている方は稀だと思いますが、最近気になった化学系サイト・本 2010/3/19 で安田氏のセミナー資料 「日本人化学者の国際就職:アメリカから見た問題点」 を紹介したことがあります。
それから、今月発売の 『Synthesis of Polymers』 は、ワイリー・サイエンスカフェ によると 5 月 31 日まで割引価格で購入できるそうです ($510 → $445)。
◆ 和書
・ 猫色ケミストリー
・ 有機合成化学
・ アート オブ プロセスケミストリー: メルク社プロセス研究所での実例
・ 医薬品のプロセス化学(第2版)
・ よくある質問 NMRの基本
・ マススペクトロメトリー
・ 巨大分子系の計算化学: 超大型計算機時代の理論化学の新展開
・ 密度汎関数法の基礎
・ 薬学・生命科学のための有機化学・天然物化学
・ 高分子化学(第3版): 基礎と応用
・ 結晶とはなにか
・ 北大の研究者たち〜7人の言葉〜
・ はじめて学ぶ化学
・ 身のまわりの化学: 物質・環境・生命
・ 工科系学生のための化学
・ 2013アメリカ留学公式ガイドブック
・ 化学 2012年 05月号 [雑誌] (一部を除いて 化学同人 HP で無料で読めます)
・ 現代化学 2012年 05月号 [雑誌]
◆ 洋書
・ Enzyme Catalysis in Organic Synthesis
・ Characterization of Solid Materials and Heterogeneous Catalysts
・ Homogeneous Catalysis with Metal Complexes: Kinetic Aspects and Mechanisms
・ Analytical Methods in Supramolecular Chemistry
・ Applications of Supramolecular Chemistry
・ Challenges in Molecular Structure Determination
・ Green Solvents I: Properties and Applications in Chemistry
・ Green Solvents II: Properties and Applications of Ionic Liquids
・ Polysaccharide Building Blocks: A Sustainable Approach to the Development of Renewable Biomaterials
・ Synthesis of Polymers
・ Energetic Polymers
・ Conducting Polymers: A New Era in Electrochemistry
・ Polymer Carbon Nanotube Composites: The Polymer Latex Concept
・ Functional Polymer Blends: Synthesis, Properties, and Performance
反応機構クイズ (2) の解答
反応機構クイズ (2) の問題は、下の反応のメカニズムは?でした。

素直に反応機構を考えると、まずはマイケル反応が考えられます (下図、反応機構の矢印は省略)。しかし、マイケル付加体と問題の生成物とではニトリルの位置が異なります。

そこで、例えば次のような反応機構も考えられます。マイケル付加体のエノラートがニトリルに付加して iminocyclobutane 中間体を経由して生成物に至るという経路です (下図)。

しかし、ニトリルよりもエステルに付加が行くだろうとも考えられます。つまり、エノラートがエステルに付加-脱離を起こして cyclobutane 中間体へ、その後メトキシドによる開環とニトリル α 位からの巻きなおしが起こって生成物を与えるという機構です (下図、cyclobutane 中間体以降の矢印は省略)。

しかし、上のような反応機構は実際の反応経路ではありません。正解は、マイケル付加で生じるエノラートと反対の α 位のエノラートからエステルへ付加-脱離が起こって bicyclo[2.2.2]octane 中間体へ、その後メトキシドによる開環を経て生成物を与えるという反応機構です (下図。こちらの方がひずみが少なそうですね)。

この反応機構の面白いところは、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基である、という点です。一方、cyclobutane 中間体経由の機構では、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基です。そしてこれが反応機構検証のポイントになります。
1975 年の報告 [論文] では、14C や 13C でラベル化したシアノアセテートを利用して反応機構を検証しています。14C ラベル体の実験では、生成物の側鎖のエステル部分を Barbier-Wieland 分解によってベンゾフェノンとして切り出し、非放射性であることを確認。つまり、生成物の側鎖のエステル部はシアノアセテート由来ではないということです。13C ラベル体の実験では、シクロヘキサノンのカルボニル基部分に 13C が組み込まれていることを生成物および誘導体の NMR で確認。つまり、シクロヘキサノンのカルボニル炭素はシアノアセテートのカルボニル炭素由来だということです。これらの実験から、この反応は cyclobutane 中間体経由ではなく bicyclo[2.2.2]octane 中間体経由の反応機構であると結論付けられています。

この反応 1 つで 2 度びっくりできそうです。まずは反応の結果、マイケル反応だけをねらって反応を仕込んだらニトリルが思わぬ位置に入っていた、という驚き。そして反応機構検証の結果、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基だった、という驚き。有機化学っておもしろいですね。
[論文] "Mechanism of the abnormal Michael reaction between ethyl cyanoacetate and 3-methyl-2-cyclohexenone" J. Am. Chem. Soc. 1975, 97, 666.

素直に反応機構を考えると、まずはマイケル反応が考えられます (下図、反応機構の矢印は省略)。しかし、マイケル付加体と問題の生成物とではニトリルの位置が異なります。

そこで、例えば次のような反応機構も考えられます。マイケル付加体のエノラートがニトリルに付加して iminocyclobutane 中間体を経由して生成物に至るという経路です (下図)。

しかし、ニトリルよりもエステルに付加が行くだろうとも考えられます。つまり、エノラートがエステルに付加-脱離を起こして cyclobutane 中間体へ、その後メトキシドによる開環とニトリル α 位からの巻きなおしが起こって生成物を与えるという機構です (下図、cyclobutane 中間体以降の矢印は省略)。

しかし、上のような反応機構は実際の反応経路ではありません。正解は、マイケル付加で生じるエノラートと反対の α 位のエノラートからエステルへ付加-脱離が起こって bicyclo[2.2.2]octane 中間体へ、その後メトキシドによる開環を経て生成物を与えるという反応機構です (下図。こちらの方がひずみが少なそうですね)。

この反応機構の面白いところは、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基である、という点です。一方、cyclobutane 中間体経由の機構では、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基です。そしてこれが反応機構検証のポイントになります。
1975 年の報告 [論文] では、14C や 13C でラベル化したシアノアセテートを利用して反応機構を検証しています。14C ラベル体の実験では、生成物の側鎖のエステル部分を Barbier-Wieland 分解によってベンゾフェノンとして切り出し、非放射性であることを確認。つまり、生成物の側鎖のエステル部はシアノアセテート由来ではないということです。13C ラベル体の実験では、シクロヘキサノンのカルボニル基部分に 13C が組み込まれていることを生成物および誘導体の NMR で確認。つまり、シクロヘキサノンのカルボニル炭素はシアノアセテートのカルボニル炭素由来だということです。これらの実験から、この反応は cyclobutane 中間体経由ではなく bicyclo[2.2.2]octane 中間体経由の反応機構であると結論付けられています。

この反応 1 つで 2 度びっくりできそうです。まずは反応の結果、マイケル反応だけをねらって反応を仕込んだらニトリルが思わぬ位置に入っていた、という驚き。そして反応機構検証の結果、生成物のシクロヘキサノンのカルボニル基は原料のシクロヘキセノンのカルボニル基ではなくシアノアセテートのカルボニル基だった、という驚き。有機化学っておもしろいですね。
[論文] "Mechanism of the abnormal Michael reaction between ethyl cyanoacetate and 3-methyl-2-cyclohexenone" J. Am. Chem. Soc. 1975, 97, 666.
反応機構クイズ (2)
[問題] 以下の反応のメカニズムを書きなさい。(解答は来週火曜日公開予定です)

[余談] 2009 年 7 月に 反応機構クイズ (1) を執筆した際に、The Art of Writing Reasonable Organic Reaction Mechanisms を紹介しましたが、2010 年 1 月にその日本語訳版 有機反応機構の書き方 基礎から有機金属反応まで が出版されました。「基本的事項」「塩基性条件における極性反応」「酸性条件における極性反応」「ペリ環状反応」「ラジカル反応」「遷移金属反応」という章立てで、各章に詳しい解説と問題が載っており、反応機構の書き方を体系的に学べる良書です。訳者序によると、演習で学ぶ有機反応機構―大学院入試から最先端まで は演習書であり、この本はその演習書につながる "合理的な反応機構の書き方" を説明する教科書のようなもので、学部高学年学生あるいは大学院生向けとのこと。反応機構の勉強をしたい方にはおすすめです。

* * * * *
[余談] 2009 年 7 月に 反応機構クイズ (1) を執筆した際に、The Art of Writing Reasonable Organic Reaction Mechanisms を紹介しましたが、2010 年 1 月にその日本語訳版 有機反応機構の書き方 基礎から有機金属反応まで が出版されました。「基本的事項」「塩基性条件における極性反応」「酸性条件における極性反応」「ペリ環状反応」「ラジカル反応」「遷移金属反応」という章立てで、各章に詳しい解説と問題が載っており、反応機構の書き方を体系的に学べる良書です。訳者序によると、演習で学ぶ有機反応機構―大学院入試から最先端まで は演習書であり、この本はその演習書につながる "合理的な反応機構の書き方" を説明する教科書のようなもので、学部高学年学生あるいは大学院生向けとのこと。反応機構の勉強をしたい方にはおすすめです。
2012年3月発刊の有機化学関連書籍
有機化学の専門用語やリアルな研究風景がごろごろ出てくるミステリ&ラブコメ小説 『ラブ・ケミストリー』 (2011 年 「このミステリーがすごい!」 大賞の優秀賞作品) は喜多喜久氏のデビュー作ですが、今月は文庫版 『ラブ・ケミストリー (文庫)』 が発売されました。その他の喜多氏の執筆活動では、昨年 12 月発売の 『このミステリーがすごい! 2012年版』 には 「クリスマス・テロ」 という短編が、先月発売の 『このミステリーがすごい!大賞10周年記念 10分間ミステリー』 には 「父のスピーチ」 という短編が集録されています。
そして今月 4/6 には待望の二冊目の単行本となる 『猫色ケミストリー』 が発売予定。内容紹介は 「計算科学を専攻する大学院生の明斗は、学内に棲みつく野良猫が唯一の友達だ。ある日、落雷で近くにいた明斗と猫、幼馴染みの女子院生スバルが同時に意識を失う。気がつくと明斗の魂はスバルに、スバルの魂は野良猫に入れ替わっていた!元にもどるため必死に奔走する二人は、猫の餌から研究室で、覚醒剤の違法な合成事件が起きていることに気づく。餌に覚醒剤を混入した犯人の目的は?果たして二人は、元の体に戻れるのか!? 」。私は予約中です。
◆ 和書
・ ラブ・ケミストリー (宝島社文庫)
・ 若手研究者のための有機実験ラボガイド
・ 演習で理解する 分子の対称と群論入門
・ マンガ+要点整理+演習問題でわかる 高分子化学
・ 基礎有機化学
・ これでわかる基礎有機化学演習
・ 医療のための化学
・ 面白くて眠れなくなる化学
・ 理科系のための 英語論文表現文例集
・ 理系の子―高校生科学オリンピックの青春
・ 研究のためのセーフティーサイエンスガイド: これだけは知っておこう
・ 分離のための相平衡の理論と計算
・ 現代化学 2012年 04月号 [雑誌]
・ 化学 2012年 04月号 [雑誌] (一部を除いて 化学同人 HP で無料で読めます)
・ 別冊化学 検証!福島第一原発事故 2012年 04月号 [雑誌]
◆ 洋書
・ Challenges in Molecular Structure Determination
・ Activation of Unreactive Bonds and Organic Synthesis
・ Transition Metal and Rare Earth Compounds: Excited States, Transitions, Interactions I
・ Radicals in Synthesis III
・ Organophosphorus Chemistry
・ The Chemistry of Organic Selenium and Tellurium Compounds
・ Amino Acids, Peptides and Proteins in Organic Chemistry
・ Microwave-Assisted Synthesis of Heterocycles
・ Strategies for Green Organic Synthesis
・ Organic Reactions
・ Handbook of Marine Natural Products
・ Specific Intermolecular Interactions of Organic Compounds
・ Ionic Interactions in Natural and Synthetic Macromolecules
・ Handbook of Porphyrin Science
・ Perspectives of Fullerene Nanotechnology
・ Bionanochemistry: A Biochemical Approach to Functional Nanomaterials
・ Nucleic Acid Switches and Sensors
・ Molecular Modeling for the Design of Novel Performance Chemicals and Materials
・ Modern Charge-Density Analysis
・ Synthetic Biodegradable Polymers
・ Coordination Polymers and Metal Organic Frameworks: Properties, Types and Applications
・ Unique Properties of Polymers and Composites: Pure and Applied Science Today and Tomorrow
・ Statistical, Gradient and Segmented Copolymers by Controlled/Living Radical Polymerizations