2011年11月発刊の有機化学関連書籍

改訂 有機人名反応 そのしくみとポイント (KS化学専門書) 学生・研究者のための 伝わる!学会ポスターのデザイン術 Terpyridine-based Materials: For Catalytic, Optoelectronic and Life Science Applications Dendrimers: Towards Catalytic, Material and Biomedical Uses

和書
改訂 有機人名反応 そのしくみとポイント
スパイス、爆薬、医薬品 - 世界史を変えた17の化学物質
創薬科学入門 - 薬はどのようにつくられる?
学生・研究者のための 伝わる!学会ポスターのデザイン術
日本人研究者のための絶対できる英語プレゼンテーション
高分子と光が織りなす新機能・新物性: 光機能性高分子材料の新展開
フォトクロミズムの新展開と光メカニカル機能材料
有機化学 (ベーシックマスター)
磁気共鳴‐NMR―核スピンの分光学
マンガ 量子力学 (ブルーバックス)
グリーンテクノロジー 持続可能社会を拓く次世代技術
イラストでわかるおもしろい化学の世界1 身近な実験
イラストでわかるおもしろい化学の世界2 調べる実験
イラストでわかるおもしろい化学の世界3 つくる実験
イラストでわかるおもしろい化学の世界4 楽しむ実験
現代化学 2011年 12月号 [雑誌]
化学 2011年 12月号 [雑誌] (一部を除いて 化学同人 HP で無料で読めます)

洋書
Activation of Unreactive Bonds and Organic Synthesis
Terpyridine-based Materials: For Catalytic, Optoelectronic and Life Science Applications
Enantioselective Homogeneous Supported Catalysis
Fullerenes: Principles and Applications
Fluorous Chemistry
Handbook of Porphyrin Science: With Applications to Chemistry, Physics, Materials Science, Engineering, Biology and Medicine
Microwave-Assisted Synthesis of Heterocycles
The Chemistry of Organomanganese Compounds: R - Mn
Heterogeneous Catalysis: Fundamentals and Applications
Dendrimers: Towards Catalytic, Material and Biomedical Uses
The Exploration of Supramolecular Systems and Nanostructures by Photochemical Techniques
Renewable and Sustainable Polymers
Nucleic Acid Switches and Sensors
Molecular Modelling: Computational Chemistry Demystified
Coherence and Control in Chemistry
Every Molecule Tells a Story


気ままに有機化学 2011年12月17日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 月別有機化学関連書籍

新反応発見の方法論 (2)

昨日の 新反応発見の方法論 (1) では Hartwig らの新反応を積極的に効率的に探索する手法について紹介しました。一方、ほぼ同時期の 2011 年 11 月には David W. C. MacMillan らが似て非なる手法で新規反応を発見したことを報告しています [論文]。MacMillan らが選んだ基質は主に以下の 19 種類。Hartwig らの選んだ基質とはまた一味違って、比較するとなかなか面白いです。


昨日紹介の Hartwig らは 17 の基質をすべて混ぜることで 1 回の実験で反応しうる基質の組み合わせを飛躍的に増やしました。一方で、速い反応によって基質がなくなってしまうと遅い反応は見逃すことになってしまう、また官能基許容性の低い反応は見出すことはできないという欠点がありました。

本日紹介の MacMillan らは 19 の基質をペアの組み合わせ (19×18/2=171 通り) にし、そこに触媒系を加えるという手法です。組み合わせの数が多くなりますが、Chemspeed というロボットを使って基質の組み合わせを調製し 96 穴プレートで反応させています。そして、GC-MS で興味深い反応が起きたか有益な生成物ができたか確認するというプロトコール。この実験系で 1 人の実験者で 1 日に 1000 の反応を検討できるとのことです。

実際にこの方法で遷移金属の触媒系を検討したところ、3 つの既知の反応に対して新しい触媒が見つかったそうです。これらを発見するのに必要だった実験数は 3500 以下だったとか。しかし、予期せぬ反応を発見するためにはもっと未知な領域の反応にこの方法を適用するべきだと考えて、ターゲットを光酸化還元 (photoredox) 触媒に移します。種々の光酸化還元触媒を 26W 家庭用蛍光灯の照射下で検討したところ (これも Chemspeed で実施)、下図のようなアミンの C-H アリール化反応を見出だしました (1000 以下の実験で発見)。反応も新規で生成物も医薬品によく見られる構造であることから反応を最適化し、広い基質に適用できる反応に仕上げました。


以上、Hartwig も MacMillan も多数の基質や触媒系の組み合わせを系統的に検討することで新反応を効率的に見つけ出すアプローチを開発しました。基質の種類、添加剤、触媒系などを変えて同様に検討すれば、さらに多数の新反応が見つかるかもしれません。

「新反応を効率的に見つけるためにはどうすればよいか?」――今回紹介した論文の手法はその答えの 1 つですが、もっとスループットの高い方法や、もっとユニークな反応を探索する方法があるかもしれません。また、彼らの方法はどちらかというとセレンディピティを促進するアプローチですが、アナロジーを促進するようなアプローチもあるかもしれませんね (例えば計算化学やシミュレーションの領域でそういった研究はないでしょうか?)。 [→ 反応最適化の方法論 (1) へ続きます]

[論文] "Discovery of an a-Amino C-H Arylation Reaction Using the Strategy of Accelerated Serendipity" Science 2011, 334, 1114.

気ままに有機化学 2011年12月14日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

新反応発見の方法論 (1)

突然ですが、質問です。「既存の反応はどのようにして見つかってきたのでしょうか?」。様々な答え方があると思いますが、もし私が聞かれたら 「多くの反応はセレンディピティとアナロジーによって見つかってきた、と思う」 と答えます。しかし、「では、新反応を効率的に見つけるためにはどうすればよいか?」 と聞かれたら、私は答えに窮してしまいます。「うーん、セレンディピティの頻度を上げるかアナロジーの範囲を広げたり加速したりすればいい・・・けど具体的な方法は・・・あ、ミーティングの時間だ、じゃ、また」 といったところですね。笑

さて、最近、新反応を積極的に見つけ出す方法が報告されましたので紹介します。1 つ目は 2011 年 9 月に John F. Hartwig らによって Science 誌に報告された手法です [論文1]。それは、下図の 17 の基質をすべて混ぜ、そこに種々の金属触媒とリガンドの組み合わせを入れて何らかの反応が起こるかどうか見るというもの。


金属触媒 16 種 (15 種+触媒なし) とリガンド 24 種 (23 種+リガンドなし) を、下図のようにガラスチューブを 384 (=16×24) 個並べてすべての組み合わせを反応させるのです。これによって起こりうる反応の組み合わせの数は、5 万種類以上にもなります。(基質の組み合わせがクロスカップリング 17×16/2 とホモカップリング 17 で、それぞれについて 15 の金属触媒と 24 のリガンド)


では反応が起こっているかどうかはどうやって確認するのでしょうか。その鍵は質量分析です。上の図の基質 17 種類はいずれも 10〜13 の重原子 (C, N, O, F, S) を含むので、カップリング反応が起きると、基質の分子量の範囲とは異なる範囲に分子量が観測されるはずです。

ポジティブコントロールとして 3 つの既知反応がこの実験系で観測されるか見たところ、期待される生成物の分子量がきちんと観測されました。これは、17 の基質の混合物からでも個々の触媒反応を確認することができた、ということです。実際に、384 の触媒とリガンドの組み合わせの中から、3 つもの新規反応を見出したというのです (詳細は論文参照)。この方法で見出された反応は、17 の基質の混合物中で進行する反応なので、官能基許容性が高いのが特長。さらなる応用としては、酸化剤・還元剤・酸・塩基などの添加剤や一酸化炭素・二酸化炭素を加えた条件での反応探索が考えられるとのことです。一方でいくつか制限もあります。比較的速い反応によって基質がなくなってしまうと、より遅い反応はこの実験では見逃すことになってしまいます。また、官能基許容性の低い反応はこの実験系から見出すことはできないでしょう [論文2]

多くの方が考えたことがあるのではないかと思いますが、私は廃液タンクを眺めていて 「これだけ色々なモノが混ざっていたら未知の反応が起こっているかも」 と思ったことがあります。今回紹介した手法は、少々強引に言えば、「廃液タンク反応」 を系統的に探索できるようにした方法と言えるかもしれません。 [→ 新反応発見の方法論 (2) へ続きます。]

[論文1] "A Simple, Multidimensional Approach to High-Throughput Discovery of Catalytic Reactions" Science 2011, 333, 1423.
[論文2] "High-Throughput Discovery of New Chemical Reactions" Science 2011, 333, 1387.

気ままに有機化学 2011年12月13日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

[wiley キャンペーンレビュー] Privileged Chiral Ligands and Catalysts

7 月に Wiley の最新書籍を無料でもらってレビューを書こう! と題して、レビュー (書評) を書いていただくことを条件にワイリー社の最新書籍を無料でもらえるというキャンペーンを開催しました。今回、当選者の中野渡早知世さんに Privileged Chiral Ligands and Catalysts のレビューをご執筆いただきましたので、ご紹介させていただきます。

* * * * *

<書評する本>
Qi-Lin Zhou編(2011年)Willey-VCH, pp484
‘Privileged Chiral Ligands and Catalysts’


*内容*

‘この、不斉触媒分野の全ての化学者に、究極的に必携、かつ待望の本書は、触媒構造の説明に始まり、なぜある特定のリガンドもしくは触媒がかくも成功しえたのかを説明する。本書はこれら‘Privileged Catalyst’の歴史、基本的な構造の特徴、そして応用を詳細に記述している。その新しい概念は、不斉触媒に対するより深い洞察を読者にもたらすだろう。’
(ブックカバーの本書の説明の拙訳)

不斉触媒分野は2001年のノーベル賞受賞分野であり、現在最も活発に研究されている分野のひとつです。これまで数多くの不斉触媒・リガンドが開発されてきましたが、汎用性を持つものの多くは、数少ない共通するコア構造を有しています。それら共通の構造を持つリガンドおよび触媒を各々、Privilege Ligands、Privileged Catalystsと呼びます(参考論文1)。従来の書籍が「不斉反応」をメインとして書かれたものであるのに対し、本書では主に触媒そのものの構造と触媒活性という観点から書かれており、非常に冒険的な試みと言えます。
本書で取り上げられているのは、Privileged ligandsおよびCatalysts全 11個です。

*構成*

本書は全11章からなっています。構成は至極明快で、ずばり1章に1リガンド/触媒が割り当てられています。各章は各リガンドもしくは触媒に関係の深い著名な研究者により分担・共同執筆されています。

<Privileged Chiral Ligands and Catalysts>

章の並びは、BINAPに始まり、DuPhos、Josiphos、スピロリガンド、BOX、PHOXリガンドと金属触媒のリガンドが続き、サレン錯体、次に従来のルイス酸金属触媒のリガンドから近年有機触媒としても用いられるようなったBINOLやTADDOL、最後に主に有機触媒として用いられるシンコナアルカロイドとプロリンの順となっています。
以下に、各章ののとても大まかな内容とその他トリビア等を記します。

*各章の内容*

第1章 BINAP

 BINAPはバイアリル結合の回転障壁に由来する軸不斉により誘起される不斉環境を利用した完全に人工的に合成された分子です。野依らにより開発・報告され以降、不斉触媒分野に多大な貢献をしてきました。BINAPは遷移金属へ配位し、C2シンメトリーを持つ錯体を形成します。バイナフチル骨格のバックボーン構造の柔軟性により、広い基質適用性を有します。本章でははじめに、BINAPおよびBINAPとの錯体の構造に関する記述があり、続いて以下の反応が取り上げられています:Rh/Ru触媒によるオレフィン/ケトンの不斉水素還元、アリルアミンとアリルアルコールの異性化,Rh触媒によるハイドロボレーション/シリレーション/アシレーションAllylic Alkylation、Pd触媒によるヘック反応、アルドール及びマンニッヒ型反応、カルボニル及びイミノ化合物への求核付加反応、カルボニル化合物のα置換反応、マイケル型反応、有機ホウ素試薬及びグリニャール試薬を用いた共役付加反応、Diels–Alder反応、エン反応、環化反応、開環反応など。

第2章 Bisphosphacycles


1990 年代初頭のBurk らによる先駆的なDuPhosとBPEの仕事から、Bisphosphacycleリガンドは新たなC2対称性の配位子として発展してきました。Bisphosphacycleの名前の通り、電子豊富な二つのリン環を持ちます。容易な調製が可能なこと(そうでないのももちろんある)で盛んに電子的・立体的なチューニングが行われ、水素化反応を始めとした多くの反応に適用されています。本章の前半では、Bisphosphacycleリガンドの骨格構造およびホスファン置換基の両方のリガンドデザインと実際のチューニングの過程が、構造と反応性の観点から記述され、発展していく課程を記述しています。後半では、Bisphosphacycleリガンドの代表的な応用例が述べられます。具体的には、C=C/C=O/C=N 基の不斉水素化反応、エナミドの触媒的水素化反応、不斉環化反応など。

第3章 Josiphosリガンド

Josiphosリガンドは@その触媒の基質適用範囲が明確でありA高パフォーマンスであること(ee, TON, TOF)B商業的に入手可能であること(スクリーニングとラージスケールの両方の目的で)C特許で保護された条件が簡潔で明瞭であるという工業界の化学者を惹きつける4つの要素を全て満たし、BINAP配位子以外で最も工業的に応用されているリガンドです。Josiphos Ligandの名前は、実際にこのリガンドを合成したテクニシャンの名前Josi Puleoに由来するそうです。


二つのホスフィン基は、連続した反応によって導入され、現在までに150種が報告、40種のさまざまな立体的性質と電子的性質を有する多様な配位子が、スクリーニング用のキットと数キログラムスケールで生産されています。現在まで(R,S)-ファミリーとそのエナンチオマーによってのみ高いエナンチオ選択性が得られており、(R,R)-ジアステレオマーでは高いエナンチオ選択性が得られていません。本章では、こういった背景を説明した後、さらに詳しく構造の検討を行い、最後に以下のような応用例を紹介しています:Rh、Ru 触媒によるC=C 結合やC=N 結合の不斉水素化反応、エナンチオ選択的還元反応、アリル位アルキル化、マイケル反応、Pd 触媒カップリング反応等など。

第4章 キラルスピロリガンド

キラルスピロリガンドは、BINAPのような軸不正ではなくスピロ原子を分子内に持ち、実質ラセミ化が起こり得ない、剛直な骨格を有しています。スピロリングに連結したベンゼン環の効果で高温等の厳しい反応条件にも適用可能であり、コンフォメーションがリジッドであること、完璧なC2シンメトリーを有すること、修飾が容易であることが’privileged’である要因であろうと筆者らは述べています。本章ではまずキラルスピロリガンドの調製について述べた後、不斉水素化、不斉炭素‐炭素結合形成反応、不斉炭素‐ヘテロ原子結合形成反応への適用例が、構造と反応性の観点から記述されています。

第5章 キラルビスオキサゾリンリガンド

C2対称のキラルオキサゾリンリガンドは、VitaminB12のリガンド骨格からインスピレーションを得て1988年にPfaltzがセミコリンリガンドを、1990年、Masamuneらが初めてBOXリガンドを合成し、その不斉反応への潜在的な有用性を示しました。1991年にCorey(Fe(III)を用いたDiels-Alder反応を報告)とEvans(Cu(I)OTf錯体を用いたジアゾエステルを用いたシクロプロパン化反応を報告)の論文がJACS誌に背中合せに掲載されて以降、急速に研究が発展しました。CoreyはCommunicationの中で、反応の立体制御と錯体構造の理に適うモデルを提唱し、このことが他のグループによる錯体のX線構造解析やNMR・計算化学を用いた錯体の構造及び反応メカニズムの研究を触発し、BOX研究の発展につながったそうです。アルドール反応、マンニッヒ型反応、ヘンリー反応、エン反応などの不斉炭素‐炭素結合形成反応、不斉炭素‐ヘテロ原子結合形成反応、不斉環付加反応始め応用例など。尚、本章ではPyBOXは取り上げられていません。

第6章 キラルPHOXリガンド

Pfaltz、Helmchen、Williamsが1993年に独立に発表したPHOXリガンドは、C2シンメトリーを有するBOXリガンドとは対照的にC1シンメトリーを有しており、πアクセプターの特性を持つソフトなPとσドナー的なハードなNが、電子的に異なった配位をすることと、立体障害の効果により不斉を誘起します。


Pd 触媒不斉アリル位アルキル化反応、ジホスフィン-Pd 触媒系にみられれるC=C 二重結合の転位がほとんど観察されないHeck 反応、W/Ir触媒不斉アリル位芳香化反応、Pd触媒不斉脱炭酸的辻アリル化反応とフッ素化、全合成への応用、Ir触媒によるイミンおよびケトン、三置換オレフィンの不斉水素化反応、付加環化反応その他の反応が記述されています。

第7章 キラルサレン錯体

サレン錯体自体は60年以上に渡り研究されていますが、不斉触媒として用いられたのは、1990年に香月らとJacobsenらが独立にマンガンサレン錯体を用いた不斉エポキシ化反応が初めてでした。合成及び構造修飾が容易であることから立体化学と電子的性質のチューニングが容易であり、数多くのサレン錯体が合成され、様々な不斉反応に適用されています。


本章ではまずサレン錯体の合成について簡単に述べ、続いてキラルサレンリガンドのメタルへの配位の仕方に起因する構造特性を説明し、キラルサレン錯体の以下の触媒的不斉反応を説明します:Mn錯体による不斉エポキシ化反応、Cr/Co錯体による不斉エポキシド開環化反応、不斉シクロプロパン化反応、Al錯体による不飽和イミドに対するアジドの不斉共役付加反応、不斉Diels-Alder反応、不斉シアノヒドリン合成など。

第8章 BINOL

本章ではBINOL及びその誘導体が、金属触媒のリガンドの観点と有機分子触媒の両方の観点から説明されます。金属触媒では、1979年にNoyoriらによって報告されたLAHとBINOLを1:1の割合で混合し調整されるBINAL-Hによる不斉還元反応(これは等量反応)に始まり、ランタノイドアルコキシド/BINOL+アキラルルイス塩基システムによる不斉エポキシ化が紹介され、続いてMetal/BINOLキラルルイス酸触媒による不斉炭素-炭素結合形成反応が、BINOLと配位する金属(錯体構造)による分類で説明が進みます:4族(Ti,Zr)による不斉エン反応およびDiels-Alder反応、BLA触媒の13族(B,Al,In)希土類(Yb)。さらに希土類/アルカリ金属/BINOL 複合金属触媒、13族金属/アルカリ金属/BINOL 複合金属触媒、linked-BINOL、ルイス酸/ルイス塩基アルミニウム触媒といった多中心協奏機能触媒などによる多彩な反応への応用例が記述されます。章の終わりにはBINOLの有機分子触媒としての利用が、キラルブレンステッド酸のVAPOLのような代表例と共に紹介されます。

第9章 酒石酸リガンド(TADDOL)

TADDOL(α,α,α,α- tetraaryl-1,3-dioxolane-4,5-dimethanols)は、1982年にSeebachらにより開発されたキラル補助試薬です。金属錯体のキラルリガンドとして用いられる他、化学量論的に用いたり、有機触媒として用いたりします。本章ではTADDOLおよびその誘導体が反応形式により分類され紹介されます:Ti触媒や有機触媒等によるC=O結合への求核付加反応、共役付加反応、求核置換反応、Ti触媒および有機触媒らによる付加環化反応、酸化還元反応、その他の反応。

第10章 シンコナアルカロイド類


シンナコアルカロイド(キナ皮アルカロイド)は、キニーネとキニジンに代表されるように擬鏡像体を持ちます。特徴的なキヌクリジンの三級窒素は、ブレンステッド塩基触媒、ルイス酸触媒、求核触媒等有機触媒の活性中心である他に、さまざまな金属触媒反応有効配位子となり、アンモニウム塩は相間移動触媒として働きます。本章ではまず、Sharpless不斉ジヒドロキシル化反応に代表される金属触媒が取り上げられ、次に相間移動触媒不斉森田-Baylis-Hillman反応など求核触媒、塩基触媒、協奏的多機能触媒が紹介されます。

第11章 プロリン誘導体

プロリン触媒は1970年代に分子内不斉アルドール反応が報告され、2000年にList、Barbas、Lernerらにより分子間不斉アルドール反応されてから比較的短期間で‘privileged’の地位を確立しました。L-プロリンはDNAにエンコードされたアミノ酸の中で唯一2級アミン部位を有し、その堅い構造はタンパク質の2次および3次構造を決定する上で重要な役割をになっています。触媒としてのプロリンは単純な酵素として考えられており、プロリン及びその誘導体はAldol反応、Baylis-Hillman反応、Mannich反応、マイケル付加反応、Diels-Alder反応、α-官能基化反応や種々のカスケード反応などに応用されています。


本章ではプロリン触媒およびその類縁体と誘導体の不斉反応での応用を記述しています。本章ではピロリジン骨格を有するもののみを取り上げ、イミダゾリジノン型触媒(McMillan触媒)等については一切取り上げていません。プロリン触媒についての説明に始まり、次いで4ーヒドロキシプロリン等のプロリンアナログの反応が続き、更にカルボン酸のバイオアイソスターのテトラゾール置換体、酢酸と同等のpKaを持つサルフォアミド体、プロリンから直接の変換が可能なアミド体、ジアミン、ジアリルプロリノールエーテル体が順次記述されています。

*Privileged Chiral Ligands and Catalystsの成功のkey*

そんなのわからない!というのがどうやら共通見識のようですが、それでも本書には度々このことに関して考察がなされており、その一部を紹介します。
・C2シンメトリー:取りうる配置を減らし遷移状態と反応経路を制約する。
・構造としての特色:全てのprivileged ligandsと触媒は5員環または6員環構造を有している。
・簡単なキラルモエティーのソース、及び合成:プロリン、TADDOL、シンコナアルカロイドはキラルプールから直接由来し、BOXおよびPHOXはアミノ酸由来のアミノアルコールに由来する。
・チューニングの容易さ/誘導体の多様性:キラルリガンドの立体と電子的特性は直接的に触媒のキラル環境に影響する。
・配位原子:NまたはP
・配位数と配位の際のリングサイズ

*総評・感想など*

・キラルリガンドや触媒について、体型的かつ俯瞰的な視点で、その触媒がどういう風に反応に応用・展開され、汎用性を獲得していったか、また天然物や生理活性物質の合成へ応用されていったかが、読者の注意を逸らさないだけの必要最低限+αのデータの表と代表例と共に配列され、記述されています。本書を読むことで、Privileged Catalystsの発展の大まかな流れと背景知識、初読の論文中の触媒の親元構造への帰属と手法・展開の妥当性や位置付等が以前に比べると理解できるようになったと思います。

・独立した章からなっているので、「人名反応に学ぶ有機合成戦略」と同様に、その時々の必要に応じた参照が容易です。また、Wiley書籍に共通して言えることですが、各章末には丁寧なReferenceがあり、必要に応じて関係論文は総説が深く追えるようになっており、巻末には15ページに及ぶ索引が付いています。しかしながら、この裏返しか、誌面の制約上止むを得なかったとはいえ、内容が引用文献に丸投げされ(おかげで読みやすいが)、表面的にも思える箇所も多々ありました。また章によって内容の完成度にばらつきが見られたように思えます。

・本書の編者である周其林先生は、序文に「この本が読者に‘何がprivileged catalystをprivilegedにしているのか’についての建設的な思考をもたらし、読者のより創造的な仕事に貢献できたらこの本の目的は達成されたとする」と寄せておられます。先駆者達がこのような本を書いて頂けるのは大変有難いものだな、と思いました。

・長く色々書きましたが、もしこの本の感想を訊かれたら第一声はおそらく「面白かったよ。」です。特徴ある構造は眺めているだけでも楽しいです。興味を持たれたかたは是非どうぞ。

***

中野渡早知世 NAKANOWATARI Sachiyo

参考
[論文1] "Privileged Chiral Catalysts" Science, 2003, 299, 1691
Privileged Catalystという言葉を初めて用いた論文。E. N. Jacobsen著。
[論文2] "Design of chiral ligands for asymmetric catalysis: From C2-symmetric P,P- and N,N-ligands to sterically and electronically nonsymmetrical P,N-ligands " PNAS, 2004, 101, 5723

気ままに有機化学 2011年12月09日 | Comment(0) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本

新・ケミカルパズル (2)

先週公開した 新・ケミカルパズル (1) にはたくさんの反響 (twitter 49 件、コメント 4 件) をいただいて、ありがとうございました。でも、実は前作は練習問題のようなものなのです。今作は、前作と同じくルールはとってもシンプルで特別な化学の知識も必要ありませんが、難易度もパズル性も大幅に向上した問題です。また、ChemDraw ファイルも末尾に付けましたので、印刷環境のない方でも愉しむことができます。

ルール
・ 各原子は上下左右の原子と単結合 or 二重結合 or 三重結合で結合する
・ すべての原子を下の 3 つの化合物に分割できたらクリア。(それぞれいくつ使用してもよい)


例題


問題 (難易度:★★★★☆)


上の図を印刷して、時間を計って解いてみてください。解けた方は感想をコメント欄にお願いします。私は紙で解く方が好きですが、ChemDraw ファイルも掲載しておきます (→ chempuzzle2.cdx)。ただし、化学描画ソフト chemdraw をインストールしていないとファイルは開けません。

次回、あるいはもう 1 問出題した次の回あたりで 「新・ケミカルパズルを解くヒント」 と 「新・ケミカルパズルの答え」 も公開したいと思います。

気ままに有機化学 2011年12月07日 | Comment(1) | TrackBack(0) | クイズ