新・ケミカルパズル (1)

ケミカルパズル (化学パズル) といえば Royal Society of Chemistry から出版されている Chemistry Su DokuChemistry Crosswords を思い浮かべる方も多いかもしれません。日本では、雑誌 『化学』 に Chemistry Su Doku が、雑誌 『現代化学』 には日本語の化学クロスワードが掲載されています。しかしながら、これらのパズルは既存のパズルを化学風にアレンジしたにすぎません。例えば Chemistry Su Doku は数独の数字を元素記号に置き換えただけで、パズルそのものは数独となんら変わりありません。

そこで、オリジナルのケミカルパズル (化学パズル) を考えてみました。ルールはとってもシンプルで、特別な化学の知識も必要ありませんので、ぜひ解いてみてください。

ルール
・ 各原子は上下左右の原子と単結合、二重結合、三重結合で結合する
・ すべての原子を propiolic acid (下図) に分割できたらクリア



例題



問題 (難易度:★★☆☆☆)
 

ちなみに、私のまわりの有機化学者 5 人に解いてもらったところ、最短 5 分、平均 13 分でした。上の図を印刷して、時間を計って解いてみてください。解けた方は感想をコメント欄にお願いします。難易度:★★★☆☆ の問題も近いうちに公開予定です。

[追記] 新・ケミカルパズルの問題の chemdraw ファイルをアップしました (→ chempuzzle1.cdx)。化学描画ソフト chemdraw をインストールしていないとファイルは開けませんのでご注意ください。


気ままに有機化学 2011年11月29日 | Comment(5) | TrackBack(0) | クイズ

研究者に示唆を与えてくれる、ノーベル賞受賞者の言葉

最近ノーベル賞受賞者の著書を読む機会があり、いくつか感銘深い言葉を見つけましたので紹介したいと思います。

さて、以前、『科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか』 という新書から、次の言葉を紹介しました。「これが解ければ、あなたはすぐれた研究者である。次の質問に答えよ。問題 1 何かおもしろい問題を考えよ。問題 2 問題 1 で作った問題に答えよ」。シンプルながら核心を突いているように思います。"問題 1" の重要性について、利根川進先生や野依良治先生は興味深い指摘をされています。

 一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。 [p.115]

 よく科学者にはオリジナリティがなければいけないというでしょう。もちろんその通りです。ところがこのオリジナリティの意味を取り違えている人がいるのです。大切なのは、オリジナルでかつ重要度が高いことをやることです。人がやってないことなら何でもオリジナルで、だから研究する価値があると主張するのは間違いだと思いますね。 [p.117]

 自然科学の研究は端的に 「問題」 とその 「解答」 からなる。(中略) しかし、さらに難しいことは、良い問題を設定することである。借り物でない 「自前の問題」 でなければならないからである。
 2001 年にノーベル文学賞を受けたヴィディアダハル・S・ナイポールは 「作家の最大の仕事は書くべき題材を見つけること。それで仕事の四分の三は終わる」 と言う。文学と同様に学術研究も何を題材にしてもかまわない。だからこそ問題設定が難しいのである。理詰めでは平凡、幸運を呼び込む能力、セレンディピティーが必要となる。ひとえに個人の資質に依拠するが、人の思考力には限界がある。異質の考え方と技術の集積の掛け算こそが新たな力を生む。私は異なる機能、役割をもつ人たちの 「グッド・ミックス (適切な混成体)」 が、学術研究の組織としてはいちばん良いと信じている。 [pp.199-200]

テーマをうまく設定できてもなかなか思うような結果が得られないのが研究というものかと思います。期待した結果が得られなかったときにその原因を突き詰めることの大切さを田中耕一さんと野依良治先生が強調されています。

 要は、なにかおかしいと思う結果が出たときに、常識にとらわれてその結果を見逃さないこと、理論とちがった結果が出てきたときに、失敗した、実験が間違っていると決めつけないこと、それに尽きるのではないでしょうか。ある方から、私が、高分子の質量スペクトルを測定していて、イオン化の信号を見つけられたのは、「見えないものを見る努力をしていたからだ」 と言われました。たしかに、見る (see) ことと認識 (recognize) することは大きくちがいます。私は、見えないかもしれない現象を、意識的に見る努力をしていたと言えます。なにか新しいことを発見したい、なんとか発見して、役立つ技術を開発したいと一心に思っていたのでしょう。
 思ったような結果が出ないと、意気阻喪して、もう、その研究にさわりたくなくなります。でも、どうして現実の結果があるべき結果とちがうのか、そのことをとことん突き詰めれば、その先に、新しい発見が待っているかもしれません。 [p.78]
田中 耕一 『生涯最高の失敗

"失敗は次の手がかり" と常に自分に言い聞かせてきました。[p.88]
田中 耕一 『田中耕一という生き方

世界の研究者たちが日々おびただしい数の新事実を生みだしている。実験はなかなか計画どおりにはいかない。計画外の結果が出ることもしばしばある。しかし、計画どおりにはいかなかった実験結果にこそ、未踏の境地への可能性があると思っている。多くの人びとは、過度の目的意識が禍いして、その意味を深く吟味することなく価値なしとして打ち棄てているのではあるまいか。それこそが想像力の欠如というべきで、まことに惜しい限りである。[p.104]

私は明快な方向と粗い計画を示し、具体化は若い人の工夫に任せた。計画どおり仕事が進めばいいが、予想に反して面白いことが見つかればさらに素晴らしいと考えてきた。 [p.199]

そして面白いことに、野依良治先生と根岸英一先生がともに 「事実と真実」 について著書の中で注意を喚起されています。

広い世界で日々膨大な数の研究者たちが働いており、さまざまな科学的事実を学術誌に報告する。しかし、それらの記述は科学者が経験したごく限られた条件においてのみ正しく、より広い自然界における普遍的な 「真実」 を意味するものではない。有力者による流行分野の華麗な論文に惑わされてはならない。あくまで未踏に挑まねばならないのである。 [p.302]

 われわれは単なる事実 (それは見かけ上だけの真実なのかもしれないし、単なる間違いかもしれない) を追い求めているのではなく、あれこれと真実を追い求めているのである。ただし一つの問題は、ほとんどすべてのことに関して、何が真実か誰も知らないことだ。
 真実に非常に近い可能性があるものを見出す唯一の実際的な方法は、手に入れた事実と数字を正確に吟味することである。しかし、覚えておいてほしいのは、繰り返したからといって、それが保証にはならないことである。というのは、人は何度でも間違った実験を繰り返す可能性があるからである。 [p.172]
根岸 英一 『夢を持ち続けよう!

他にも印象深い言葉がありましたので、いくつかを並べて紹介しておきます。

 サイエンスというのは、最初に発見した者だけが勝利者なんです。発見というのは、一回だけしか起こらない。同じものをもう一度見つけても、発見とはいわないんです。一ヶ月のちがいでも、一週間のちがいでも、早いほうだけが発見なんです。サイエンスでは二度目の発見なんて、意味がない。ゼロです。だから競争は熾烈です。 [p.183]

(引用注: ウッドワード教授に関して) 「亀の甲」の分子構造式はゆっくりと美しく描く。われわれは大きな化合物の構造式を簡略化して描くことがあるが、彼は絶対に省略表現を許さない。常に全体構造をしっかり捉えなければ、見落とすことがあるかもしれないからである。[p.133]

 灘高の化学担当は老練な大内淳三郎先生だった。学会や産業界のことなど、教科書以外の知識も詳しく、身振り手振りを交えて名講義をされた。六年一貫なので、三年生になると教科書を早々に切り上げ、英語の小冊子で有機化学の入門編を習った。
「高校の教科書にはメタン (methane)、エタン (ethane)、プロパン (propane) と書いてあるが、本当はメセイン、エセイン、プロペインと発音するのだ」
 などと聞くと、本物に触れたような気になり誇らしく感じたものだ。これが優れた先生による 「ゆとり教育」 の本質である。[pp.47-48]

「大きな樫の木もドングリから」 というのがブラウン先生の口癖
ブラウン先生から習った一番のポイントは、発見の芽が出てきたとき、どうやってそれを大木に育てるかということです。ああでもないこうでもないと、その芽から出てくるいろいろな可能性を網羅的かつシステマチックに追及する、その姿勢が非常にロジカルでヤマ勘みたいなものは入れません。(中略) 「重要なのはWhat's going on?、つまりいま何が起こっているかを正確に調べることだ」 これは耳にたこができるくらい聞かされました。[p.69]

お金を追いかけたら、お金はたぶん逃げるよ。だけど、エクセレンスを追いかければ、お金はついてくる。 [p.134]
根岸 英一 『夢を持ち続けよう!

以上、個人的に感銘を受けた言葉を紹介しましたが、引用元の書籍には他にもみなさんの心に響く言葉があると思いますし、文脈をとおして読めばより深く理解することができるかと思います。一般書なのでお近くの図書館に置いている可能性もありますので、ぜひ手にとってみてください。

気ままに有機化学 2011年11月14日 | Comment(0) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本

[wiley キャンペーンレビュー] Modern Oxidation Methods

7 月に Wiley の最新書籍を無料でもらってレビューを書こう! と題して、レビュー (書評) を書いていただくことを条件にワイリー社の最新書籍を無料でもらえるというキャンペーンを開催しました。今回、『気ままに有機化学』 部門の当選者の森田昌樹さんに Modern Oxidation Methods のレビューをご執筆いただきましたので、ご紹介させていただきます。

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「Modern Oxidation Methods(第2版)」はどんな本か
 本記事では、Stockholm UniversityのJan-Erling Backvall教授編集の「Modern Oxidation Methods」という本をご紹介したい。この本は、2011年の2月に発刊されたばかりで、タイトルの通り“現在ホットに研究されている”酸化反応が12の章にまとまっている。ハードカバーで500ページ弱である。2004年の第1版から基本的な構成は変わらないものの、今回の第2版では新たに第4章と第12章が加わっており、それ以外の章も加筆され最新の情報が掲載されている。

目次
1. Recent Developments in Metal-catalyzed Dihydroxylation of Alkenes
 (金属触媒によるアルケン類のジヒドロキシル化における最近の発展)
2. Transition Metal-Catalyzed Epoxidation of Alkenes
 (遷移金属触媒によるアルケン類のエポキシ化)
3. Organocatalytic Oxidation. Ketone-Catalyzed Asymmetric Epoxidation of Alkenes and Synthetic Applications
 (有機触媒酸化: ケトンを触媒としたアルケン類の不斉エポキシ化と合成的応用)
4. Catalytic Oxidations with Hydrogen Peroxide in Fluorinated Alcohol Solvents
 (フッ素化アルコール溶媒中の過酸化水素を用いた触媒的酸化)
5. Modern Oxidation of Alcohols using Environmentally Benign Oxidants
 (環境調和型酸化剤を用いた最近のアルコール類の酸化反応)
6. Aerobic Oxidations and Related Reactions Catalyzed by N-Hydroxyphthalimide
 (N-ヒドロキシフタルイミドを触媒とした空気酸化と関連する反応)
7. Ruthenium-Catalyzed Oxidation for Organic Synthesis
 (合成のためのルテニウム触媒による酸化反応) )
8. Selective Oxidation of Amines and Sulfides
 (アミン類やスルフィド類の選択的酸化)
9. Liquid Phase Oxidation Reactions Catalyzed by Polyoxometalates
 (ポリオキソメタレートを触媒とした液相酸化反応)
10. Oxidation of Carbonyl Compounds
 (カルボニル化合物の酸化反応)
11. Manganese-Catalyzed Oxidation with Hydrogen Peroxide
 (マンガンを触媒とした過酸化水素による酸化反応)
12. Biooxidation with Cytochrome P450 Monooxygenases
 (シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いる生物学的酸化反応)
http://as.wiley.com/WileyCDA/WileyTitle/productCd-3527323201.html より(日本語は拙訳)

各章のレビュー(新しく追加された章を抜粋して紹介)
◆ 第4章「Catalytic Oxidations with Hydrogen Peroxide in Fluorinated Alcohol Solvents (フッ素化アルコール溶媒中の過酸化水素を用いた触媒的酸化)」
 フッ素化アルコール溶媒中で過酸化水素を用いた反応を行うと反応性が増す。その理由と応用例を示したのが本章である。フッ素化アルコール溶媒中で過酸化水素を用いた酸化反応は1970年後半から80年にかけて最初の報告があり、比較的新しい分野である。本章では、前半でフッ素化アルコール溶媒の6つの特性が箇条書きでまとまっている。すなわち、
 1. mildly acidic (マイルドな酸性)
 2. strong hydrogen bond donors (高い水素結合供与能)
 3. poor hydrogen bond acceptors (弱い水素結合受容能)
 4. highly polar solvents (高い極性)
 5. high ionizing power (高いイオン化能)
 6. non-nucleophilic (弱い求核力)
である。中でも高い水素結合供与能は本章の中心的なテーマであり、なぜ高い水素供与能が酸化剤の反応性を向上させるのが1節を割いて解説されている。後半では、アルケンのエポキシ化とBaeyer-Villiger酸化を中心に反応の具体例が紹介されている。無触媒、アルシン、ジセレニド、レニウムを触媒とした系が紹介されている。この章で興味深いと思ったのは、チオエーテルのスルホキシドへの選択的酸化である。一般にチオエーテルを酸化するとスルホンまで酸化されてしまい選択的な酸化は困難である。しかしHFIP (1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール)中で過酸化水素水と処理した場合は、スルホンは全く生成せずスルホキシドを選択的に合成できる。反応系は中性で、酸に不安定な官能基も影響を受けないようだ。

◆ 第12章「Biooxidation with Cytochrome P450 Monooxygenases(シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いる生物学的酸化反応)」
 この章では、シトクロムP450モノオキシゲナーゼを用いた酵素酸化反応が取り上げられている。P450の酸化剤は、酸素分子である。章の前半では、P450の概要から始まり、P450の代表的な反応が紹介されている。活性化されていないsp3炭素のヒドロキシル化、エポキシ化、芳香族のヒドロキシル化、炭素−炭素結合切断、脱アルキル化、等等、果てはDiels-Alder反応やBaeyer-Villigerタイプの酸化反応も触媒するとのこと。通常の酸化剤では成し得ない位置・立体選択的に反応がきれいに進行する様子がスキームから見て取れる。しかしながら、P450を用いた反応では、等量の補酵素NADPHやNADHを必要とすることからコスト面で工業的スケールでの活用が進まないことが問題で、章の後半ではNADPHやNADHを減らす或いは必要としない新たな戦略に関する最近の成果が紹介されている。興味深いのは、engineeringという単語が用いられていたことだ。つまり、目的の反応を達成するために酵素の遺伝子組換え体を作成しているのだ。本文によれば、これまでに1万件以上のP450の配列がオンラインデータベースに登録されてアクセス可能となっているとのことである。

この本をこんな方におすすめしたい
 全章に渡って多くのスキームや表で視覚的に分かりやすく説明されており、参考文献も網羅的に丁寧につけられている。また、各章ごとに背景から丁寧に記されているため大学院生でも十分に読んでいくことができるのではないかと思う。本書で扱われているトピックにご興味があれば一度手に取られてみることをおすすめしたい。

Modern Oxidation Methods
http://www.amazon.co.jp/dp/3527323201/

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森田 昌樹(もりた まさき)
京都大学大学院 理学研究科 D1

研究テーマは天然物の全合成。複雑な化合物と日々奮闘中!
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気ままに有機化学 2011年11月08日 | Comment(0) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本