(1) 溶媒乾燥にはモレシが一番?
著者らはルイス酸触媒の反応開発のために水が 10ppm 以下のドライな溶媒が欲しくて、種々の溶媒乾燥法を試し実際に水分量を測定したそうです。操作はすべてグローブボックス内で行われ、水分定量はカール・フィッシャー法。その結果、驚くべきことにナトリウム/ベンゾフェノン (いわゆるケチル) や水素化カルシウムからの蒸留のような操作よりも、3Åモレキュラーシーブスの方がはるかに乾燥能が高かったというのです。個人的にはモレシは簡易の乾燥法、きちんと乾燥させたいときはケチルや水素化カルシウムから蒸留というイメージだったのですが・・・何とも意外。そういえば NMR 用のクロロホルムにモレシを入れてる人もいますが、実はあれが一番効果的なのかも。
[論文] "Drying of Organic Solvents: Quantitative Evaluation of the Efficiency of Several Desiccants" J. Org. Chem., Article ASAP
(2) 貴金属を溶かす有機王水
王水 (Aqua Regia) は濃硝酸と塩酸を 1:3 で混ぜたもので貴金属を溶かす性質を持っているのはご存知かと思います。今回、塩化チオニルと有機溶媒 (ピリジン or DMF) の混合物が貴金属を溶かす性質を持つことが発見されました。名づけて有機王水 (Organic Aqua Regia)。有機溶媒の種類や混合比を工夫することで、数種の貴金属の混合物を分離溶出させることもできるようです。塩化チオニル単独では可溶化能はなく、塩化チオニルとピリジンが電荷移動錯体を形成し、金属を酸化しているようです。貴金属の回収などに使えるかも。
[論文] "Organic Aqua Regia-Powerful Liquids for Dissolving Noble Metals" Angew. Chem. Int. Ed., Early View
(3) 世界同時多発研究
「世界には同じことを考える人が 3 人はいる」 なんていいますが、最近類似の反応が 3 つ同時期に報告されました。林 雄二郎 vs ベンジャミン・リスト のように 2 人が重なることはチラホラ見ますが 3 グループは珍しい気がします。反応はアリールハライドとベンゼンのカップリング反応で、カリウム/ナトリウムt-ブトキシドとリガンドを用いています。いずれもラジカル機構が提唱されており、各論文で遷移金属触媒ではなくラジカル経由で反応が進行していることを示す実験がいくつも組まれていてなかなか読みごたえがあります。反応機構検証の勉強にも。
[論文1] "Organocatalysis in Cross-Coupling: DMEDA-Catalyzed Direct C-H Arylation of Unactivated Benzene" J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
[論文2] "tert-Butoxide-Mediated Arylation of Benzene with Aryl Halides in the Presence of a Catalytic 1,10-Phenanthroline Derivative" J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
[論文3] "An efficient organocatalytic method for constructing biaryls through aromatic C-H activation" Nature Chemistry, ASAP
(4) ACS Catalysis 創刊
2011 年 1 月に ACS から新しいジャーナル ACS Catalysis が創刊されます。均一系、不均一系から生体触媒まで、触媒に関する研究なら何でも扱うピアレビュー (査読付き) のジャーナルのようです。つい最近、論文の投稿の受け付けが始まりましたので、触媒研究の方は投稿先の検討に加えてみては?
(5) ACS の出版契約が新しくなります
C&EN によると、ACS の出版契約が少し変わるようです (・・・と言っても実質的にはほとんど変わらないかも)。新しい ACS の出版契約には、教育目的の使用、同僚との共有、ウェブサイトへの公開に関してどのようなことが許されるのかが書かれています。例えば教育目的の場合、適切なクレジット (著作権表示) を付けて電子アクセスを在校生に限るならば自由に使えるとのこと。ACS に投稿される方はご一読あれ。
化学反応で起こった 「ウサギとカメ」
2 年以上前に 窒素/酸素選択的アリール化・アシル化 という記事で、真島和志先生らの亜鉛四核クラスターを用いた 『非常識な』 反応を紹介しました。なんとアルコールよりも求核性の高いアミン存在下にアルコールのアシル化 (エステル交換反応) が進行するというのです。この反応に関しては 「なぜ亜鉛クラスターを触媒に使ったのか?」「この選択性は偶然に見つけたのか?」 などいくつか疑問に思うところがあるかと思います。
本日発売の 化学 2010年 11月号 の 【研究物語】化学反応で起こった「ウサギとカメ」 (リンク先、化学同人ホームページで無料で内容が読めます) というコーナーで真島先生自らこの反応を発見するに至った経緯を詳細に紹介されています。1 つ 1 つのエピソードが興味深いのはもちろん、紆余曲折を経ながらも研究が進んでいく様子 (ときには思わぬ方向へ) が伝わってきて非常に楽しく読ませていただきました。
各々の研究の内容は論文を読めばだいたい分かることですが、それらの研究がどのような文脈の中で進展してきたのかというストーリーや裏話は見えてこないことも多いかと思います。点と点を結んで線にする、こういう勉強も大切ですよね。
実験の失敗クイズ
今回は私がやってしまった実験の失敗をクイズ形式で紹介します。自分の失敗をブログで公開するというのは、正直のところとても恥ずかしいことです。苦笑。でも公開することでこのブログの読者様が私と同じミスをすることを防げるかもしれませんので、恥を忍んで紹介しちゃいましょう。どうぞ鼻で笑ってやってください。
それは先週、ある縮合反応 (アミド化) をやっていたときのこと。具体的な構造は書けませんが、あるカルボン酸とあるアミンに、縮合剤の HBTU とトリエチルアミンを加えてクロロホルム中 50 ℃で反応させました (アミンはある反応性の低い芳香族アミンのため少し熱をかけています)。すると何とカルボン酸のほとんどがエチルエステルに変換され、目的のアミドはごくわずかしか生成しませんでした。
原料のカルボン酸やアミンの NMR にはエタノールは見えませんし、HBTU やトリエチルアミン、クロロホルムは新品を使っています。使用したピペットやナスコルは充分に洗浄および乾燥されたものです。さて、どうしてエチルエステル化されてしまったのでしょうか?(答えは数行下に記載)
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それは先週、ある縮合反応 (アミド化) をやっていたときのこと。具体的な構造は書けませんが、あるカルボン酸とあるアミンに、縮合剤の HBTU とトリエチルアミンを加えてクロロホルム中 50 ℃で反応させました (アミンはある反応性の低い芳香族アミンのため少し熱をかけています)。すると何とカルボン酸のほとんどがエチルエステルに変換され、目的のアミドはごくわずかしか生成しませんでした。
原料のカルボン酸やアミンの NMR にはエタノールは見えませんし、HBTU やトリエチルアミン、クロロホルムは新品を使っています。使用したピペットやナスコルは充分に洗浄および乾燥されたものです。さて、どうしてエチルエステル化されてしまったのでしょうか?(答えは数行下に記載)
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Theodore Gray (テオ・グレイ)、テーブルからテレビまでの道程
【緊急連絡】 本日 10 月 9 日 18:30 から放送の 『世界一受けたい授業』 で米村でんじろう先生と Theodore Gray (テオ・グレイ) のスリリングな実験対決 (世界一実験王決定戦) があるそうです!でんじろうファンの方も Gray ファンの方もお見逃しなく!
上の写真の Theodore Gray (テオ・グレイ あるいは セオドア・グレイ) というおじさん、ご存知でしょうか?先日 化学者のつぶやき で紹介されていたので 「見た見た」 と思ってらっしゃる方も多いかと思います。今回私は Theodore Gray の数々の業績を結びつけるストーリーに焦点を当てて紹介したいと思います。
まずは ずいぶん前 に一度紹介した 周期表 (periodic table) のテーブル "Periodic Table Table" から。このジョークとしか思えない名前のテーブル、ある勘違いから思いついて作成し、その後の彼の人生を大きく変えることになります。
周期表のテーブル "Periodic Table Table"
事の発端は彼がオリヴァー・サックスの名著 タングステンおじさん を読んでいたときのこと。本の中で出てくる周期表 (Periodic Table) の "Table" を 「テーブル」 と勘違いしてしまったのです。これは別に彼が化学に無知だったからではなく、そのころ会社に会議用のテーブルが必要でそのことばかり考えていたからなのです。さらにちょうどたまたま、新品だと 1700 ドルもする文字彫り彫刻機をオークションでたった 50 ドルで手に入れることができたのです。
これらの偶然が重なりに重なって Gray は周期表のテーブル (Periodic Table Table) を作り始めます。しかし、彼の文字彫り彫刻機は大きなテーブルを直接彫ることができるようなものではなく、小さくて薄い板しか彫れないものでした。なので各元素を小さな木のタイルに分けて作って張り合わせることを考えました。さらに各タイルの下に箱を作り、その箱の中に各元素でできたものを入れるというアイデアを思いつきます。そして完成した Periodic Table Table のアップの写真が下の通り。勘違いから始まった思いつきで作ったとは到底思えないクオリティの高さです。このテーブルの功績により 2002 年にユーモアにあふれる科学研究に与えられるイグ・ノーベル賞を受賞しています。
Periodic Table Table の近接写真
さて、Periodic Table Table の各元素の下に穴があってその元素でできたものを入れると言いましたが、その集めたモノ達もクオリティがもの凄く高い。このコレクションの美しい写真と元素に関する話を periodictable.com というサイトで公開したところ、世界中で大反響を呼び、今では 「世界一美しい周期表」 として日本でも ポスター や プレースマット、A4ラミネート版 が販売されています。
世界一美しい周期表 "The Most Beautiful Periodic Table in the World"
さらにその美しいビジュアルを図鑑にまとめた書籍 The Elements は全米で 1 年間で 20 万部売れるベストセラーに、その日本語版の 世界で一番美しい元素図鑑 は今月 22 日に発売予定です。
これだけの大ベストセラー商品の数々を生みだしても満足しないのが Gray。その脳裏にはある憧れがありました。それは『ハリー・ポッター』。Gray は考えました。もし、ハリー・ポッターが通う魔法の学校「ホグワーツ」の図書館に「元素図鑑」があったら、どんな本だろうか?おそらくどのページをめくっても文字と写真だけの退屈な本にはならないはず。例えば水素の説明では、本の上に小さな太陽の立体映像が浮かび上がって、小さな爆発をつづけている様子が確認できたり、本の上の泡が浮かび上がってははじけていく――そのイメージにできるだけ近いものを目指して作られたのがコレ。iphone や iPad で楽しめるアプリ 元素図鑑: The Elements in Japanese です。現時点で最高の化学アプリですね。
さて、Periodic Table Table でイグ・ノーベル賞を受賞し有名になった Gray の元に Popular Science 社から連載記事の執筆の依頼がやってきます。そうして生まれたのが人気科学実験コーナー Gray Matter。そしてこの連載記事などを元に作られたサイトが 以前 紹介した Mad Science by Theo Gray。こちらのサイトでは 『超危険な』 科学実験の動画や解説などが多数紹介されています。よい子はマネしちゃいけない・・・いや、マネしようと思ってもできないような事ばかり。例えば下の動画では、ポップコーンの味付けの塩を作るためにナトリウム単体と気体塩素を反応させてみたり。
このサイトも大人気を博し、アメリカでは Theo Gray's Mad Science: Experiments You Can Do at Home--But Probably Shouldn't という意味深なタイトルで書籍化、日本でも今年の 5 月に Mad Science ―炎と煙と轟音の科学実験54 として販売されています。
以上、Gray 氏の数々の業績をまとめると、まず "Periodic Table" をテーブルと勘違いしてしまったことから "Periodic Table Table" を製作、イグ・ノーベル賞受賞。そのテーブルに収めた数々の元素アイテムから 「世界一美しい周期表」 グッズを作成、さらにハリー・ポッターの世界を目指して iアプリの 「元素図鑑」 を公開。また、イグ・ノーベル賞で有名になったことから雑誌に科学実験の連載記事を執筆、それをもとに Mad Science というサイトを運営、それが日米で書籍化。そしてそれらが話題となってついに本日、日本のテレビにも出演。
すべての発端となった "Periodic Table Table" のアイデアは偶然の影響も大きいようですが、それを実際に実行に移す力、そして極めて高いクオリティで仕上げる力、さらに他の作品につなげる力には脱帽ですね。科学ファンを魅了してやまない Theodore Gray (テオ・グレイ あるいは セオドア・グレイ)、今後の活動にも注目ですね。
【緊急連絡】 本日 10 月 9 日 18:30 から放送の 『世界一受けたい授業』 で米村でんじろう先生と Theodore Gray (テオ・グレイ) のスリリングな実験対決 (世界一実験王決定戦) があるそうです!でんじろうファンの方も Gray ファンの方もお見逃しなく!
[参考1] The Periodic Table Table Construction History (theodoregray.com)
[参考2] 「元素図鑑」はハリー・ポッターの世界を目指してつくられた (ITmedia)
[関連1] イグノーベル賞受賞者が語る、エクストリーム実験の面白み (ascii.jp)
[関連2] 【書籍】アリエナイ化学実験の世界へ―『Mad Science』 (化学者のつぶやき)
2010年ノーベル化学賞はカップリング反応 (鈴木、根岸、ヘック)
左から、鈴木章、根岸英一、リチャード・ヘック (敬称略)
2010 年のノーベル化学賞は 「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」 に決定し、鈴木章・北海道大学名誉教授 (80)、根岸英一・米パデュー大学特別教授 (75)、リチャード・ヘック・デラウェア大学名誉教授 (79) に贈ると発表されました。おめでとうございます!
ノーベル化学賞ダブル受賞 根岸英一氏と鈴木章氏
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