最近の化学ニュース

ニュースに化学が登場するとき、それは多くの場合 「化学兵器」「化学テロ」「化学物質過敏症」「化学工場の事故」「薬害」 などネガティブなお知らせであることが多いかと思います。しかしここ数日は明るい化学ニュースがいくつか報じられましたので、簡単に紹介したいと思います。

ヨウ素から不斉合成触媒を開発=次世代抗生物質の生成に期待−名古屋大
  時事通信 - 2月18日
 右手と左手のように鏡面対称の構造を持つ二つの分子のうち、一方だけを合成する「不斉(ふせい)合成」を、名古屋大の石原一彰教授らの研究グループがヨウ素を用いた触媒で成功させた。合成された物質からは、次世代の抗生物質などを生成できる可能性があるという。研究成果は17日までに、独化学誌アンゲバンテ・ケミー電子版に掲載された。(後略)
Angewandte の Hot Paper に掲載されている この論文。2008 年の北泰行教授らの先駆的な 論文 を上回る温度条件・触媒回転・不斉収率のようです。論文はまだ読めませんが、名古屋大学の pdf で簡単な内容がうかがえます。しかしコテコテの有機化学の論文がニュースになるなんて珍しいですね。

タミフル量産、東大と中国企業が共同研究
  読売新聞 - 2月21日
 東京大学と中国の化学企業が、インフルエンザ治療薬タミフルを安く大量に生産する技術の確立を目指し、共同研究を始めた。
 タミフルは、香辛料の八角に含まれるシキミ酸を原料に作られているが、大量製造には限界がある。東大の柴崎正勝教授らは昨年2月、石油を原料にした新合成法を発表。技術に注目した中国の北京オデッセイ化学が、技術提供を求めた。(中略)
世界中の研究室が合成を競ったタミフルの合成。ついに柴崎正勝教授の合成法が工業化でしょうか (2008 年時点での柴崎教授らによるタミフル合成の総説は こちら)。しかし個人的に気になったのは次の一文。こんなこともできちゃうんですね・・・。
 タミフルの特許は、スイスのロシュ社が所有しており、中国でも成立している。だが、中国政府は昨年、改正特許法を施行。国民の健康を守る必要がある場合、特許を停止し、医薬品を製造できる「強制実施権」を盛り込んだ。(後略)

112番元素は「コペルニシウム」と命名 国際機関発表
  朝日新聞 - 2月20日
 現在、存在が公式に認められている元素の中で最も重い112番元素が「コペルニシウム」と命名された。地動説の提唱で知られるポーランドの天文学者コペルニクスにちなむ名前で、国際純正および応用化学連合(IUPAC)が、コペルニクスの誕生日「1473年2月19日」に合わせ、19日に発表した。(中略)
コペルニクスの誕生日に合わせて発表だなんて粋な計らいですね。しかし何故コペルニクスにちなんだ名前なのでしょうか?下のように書かれていますが本当に関係あるのでしょうか・・・。
 コペルニクスの業績は元素とは関係ないようにみえるが、IUPACは発表で「コペルニクスが提案した惑星系の考え方(地動説)は、原子核の周りを電子が回るという原子の模型にも応用された」としている。なお112番元素の記号は「Cn」となる。(後略)

[関連] キラル超原子価ヨウ素試薬を用いる不斉酸化 (化学者のつぶやき)
[関連] 最短最高収率のタミフル合成 (気ままに有機化学)

気ままに有機化学 2010年02月23日 | Comment(4) | TrackBack(0) | ニュース

化合物クイズ 1 の解答例 + 化合物クイズ 2

問題はこちら。

[問題] 化合物クイズ 1

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気ままに有機化学 2010年02月22日 | Comment(5) | TrackBack(0) | クイズ

化合物クイズ 1


今回は化学者のつぶやきさんの不斉窒素化合物クイズを引用で紹介します。

Q: 「不斉窒素」だけが含まれ、かつ形式電荷をもたない光学活性有機化合物を考えてください。 「不斉炭素」や「不斉○○(窒素以外の元素)」、「軸・面不斉などの不斉源」が含まれてはいけません。合成可能かどうかも、とりあえずここでは問わないことにします。

[出典] 化学パズル・不斉窒素化合物 (化学者のつぶやき)

実験の合間などに一度考えてみてください。化学者のつぶやきさんでは解答例が書かれていませんので、数日後に私なりの解答例を紹介したいと思います。

気ままに有機化学 2010年02月18日 | Comment(8) | TrackBack(0) | クイズ

チョコレートの化学


気ままに有機化学から読者様へ、一足早いバレンタインデーのチョコレート・・・の画像です。チョコレートに含まれるテオブロミンの分子構造をチョコレートで作り上げた "La Molécule de Chocolat"。しかも作ったのは高級チョコレート専門店のピエールマルコリーニ。これで落ちない化学者はいませんね。笑。

明日はバレンタインデーなので、チョコレートを作るとき・貰ったときに知っておきたいチョコレートの化学に関する記事や動画をピックアップしてみました。

チョコレートと結晶 (Doubletのちょっとピンボケ)
 結晶学的観点から市販のチョコレートがいかに素晴らしいものであるかを解説。「手作りチョコとは、愛情を混和させるがゆえに、技術者の開発と品質管理の苦労をすべてドブに捨てたもの。愛とはなんて罪深いものなのでしょう。」 は含蓄深い名言。

チョコレート・ケミストリー (有機化学美術館)
 チョコレートに含まれるフェニルエチルアミンとテオブロミンについて解説。「恋愛仕様・ケミカルバレンタインチョコ」 は笑えます。もし発売されたら買っちゃいます!笑

キッチンの化学 チョコレート
 チョコレートの結晶多形をコントロールするテンパリングや分子レベルで (?) チョコレートと相性の良い食材などを紹介し、最後には豪華なチョコレート菓子を作り上げる番組の動画。



注意:動画中に 「上手くいかなかったチョコレートはペットにやるしかない」 という過激な台詞がありますが、犬などはテオブロミンの代謝が遅いため実際にやるとチョコレート中毒になる可能性があります。それでは皆様、よいバレンタインデーを!

気ままに有機化学 2010年02月13日 | Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーブレイク

ボロン酸をタグにした多段階 Phase-Switch 合成

Dennis G. Hall のグループではホウ素の有機化学を研究していますが、今回ボロン酸の特徴を活かした巧みな利用法が報告されました [論文]

Hall らのボロン酸を生産的なタグとして用いた Phase-Switch 合成のコンセプトは下図のようなものです。つまり、ボロン酸をタグとしてもつ基質を反応させ、ボロン酸を利用して分液によって生成物を分離し、それを繰り返して最終的にボロン酸を他の官能基に変換するという生産的なタグの外し方をするというものです。


おそらく上のコンセプト図だけではわかりにくいので具体的に話を進めましょう。まずはボロン酸をタグとした Phase-Switch 型の分液による精製です。下図に示すように、フェニルボロン酸自身は水に不溶ですが、塩基性条件下ではポリオールと複合体を形成し、水に溶けるようになります。この性質を利用して分液だけでボロン酸の付いた化合物を分離します。


下図をご覧ください (BAはボロン酸のこと)。反応後の通常の分液で水相を捨てて水に可溶な不純物を除去した後に、ポリオールと塩基性の水溶液を加えます。するとボロン酸は水に可溶になるので、有機相を捨てれば水に不溶な不純物や反応剤を除去することができます。最後に新しい有機溶媒を加えて水相を酸性にすれば再びボロン酸は有機相に戻り、ポリオールは水相に落ちます。有機相を分離して濃縮すれば純粋なボロン酸が得られるというシステム。ボロン酸を有機相 → 水相 → 有機相と切り替えるので Phase-Switch と呼ばれます。


種々のポリオールや塩基性の水相を検討した結果、ソルビトール (1.0M) と炭酸ナトリウム水溶液 (1.0M) に最適化されました。しかもソルビトールの量は小過剰量 (>1.35eqiv) 程度でよく、例えば 4g (32mmol) のフェニルボロン酸の操作にはわずか 40mL の酢酸エチルと 50 mL の水相 (1.0M=50mmol のソルビトールと 1.0M の炭酸ナトリウムを含む) で充分だったとのことです。実用的な量ではないでしょうか。

そしてこのボロン酸タグが合成に実用的なのは、種々の反応に耐えられること、そして最終段階で他の官能基に変換できる性質があるためです。実際、論文中では IBX 酸化、NaBH4 還元、DIBAL 還元、 DCC エステル化、PyBOP アミド化、Grignard 反応、細見・櫻井反応、Wittig 反応、Huisgen 反応に耐性があり、Phase-Switch の精製により充分な純度・収率で目的物が得られることが示されています (Wittig 反応ではやっかいなホスフィンオキシドとの分離もできるそうです)。そしてボロン酸を他の官能基に変換できる性質も利用して、高脂血症治療薬である ezetimibe を合成しちゃってます。この合成ではボロン酸が Phase-Switch のタグとして多段階で利用されているだけでなく、マスクされたヒドロキシ基として上手く合成に組み込まれています。


以上、ボロン酸をタグにした多段階 Phase-Switch 合成の紹介でした。分液タグとして フルオラスタグ など幾つか知られていますが、タグを付ける・外すという二段階が必要になってきます。その点ボロン酸は、市販で 500 以上のボロン酸化合物があり、またボロン酸を他の官能基に変換する生産的な外し方ができます (もちろんプロトン化もできます)。市販性・反応耐性・ポリオール複合体を利用した分液精製・他の官能基への変換など、総じてボロン酸の性質を巧みに利用した方法ですね。

[論文] "Multistep Phase-Switch Synthesis by Using Liquid-Liquid Partitioning of Boronic Acids: Productive Tags with an Expanded Repertoire of Compatible Reactions" Angew. Chem. Int. Ed. 2010, Early View.
[関連] ボロン酸の進化した形 (気ままに有機化学)

気ままに有機化学 2010年02月11日 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文 (その他)