化学界の 2009 年の漢字は 「偽」 か?


2009 年を振り返ると、化学界の今年の漢字は 「偽」(あるいは「疑」) と言えるかもしれません。

1) Climategate 事件
 2009 年最大の事件はおそらくこれではないでしょうか。「地球温暖化に関する大御所研究者のこれまでのデータと email 等が流出。そのデータから、研究の不正・印象操作が発覚(地球温暖化は CO2 が主要因ではない&そもそも温暖化してない?!)」 とのこと。詳しくは以下をどうぞ。
[参考] 科学史上最悪のスキャンダル?! "Climategate" (化学者のつぶやき)
[参考] Climatic Research Unitメールハッキング事件 (Wikipedia)

2) 水素化ナトリウムで酸化反応?
 JACS に発表された この論文 に世界中から疑問の目が。追試したブロガーによると空気中の酸素が酸化剤として働いている可能性があるとのこと。オンラインで発表されて以来ずっとページ番号が付かない状態だったのですが、つい最近ついに取り下げられたようです。
[参考] 水素化ナトリウムの酸化反応をブロガー・読者がこぞって追試!? (化学者のつぶやき)
[参考] NaHによるアルコールの酸化反応(?????) (有機化学美術館・分館)

3) 真の触媒は鉄ではなく不純物の銅
 ACIEE に報告された この論文。今まで Bolm が報告してきた鉄触媒による各種アリール-ヘテロ原子結合形成反応が、実は鉄塩に微量含まれていた銅塩が真の触媒だったとのこと。現代化学 2009年 09月号 にレビューがあります。
[参考] 鉄の仮面の下に (有機化学美術館・分館)
[参考] 触媒は思わぬところに; 論文3報 (気ままに有機化学)

4) ヘキサシクリノールの全合成捏造疑惑
 OL に報告された この論文。2002 年に構造が提唱され、2006 年に報告された初の全合成。しかしその後訂正された構造が発表され、そちらも全合成を達成。構造の違う 2 つが同じ NMR を持つのか、あるいはどちらかが捏造なのか・・・。現代化学 2009年 05月号 にレビューあり。
[参考] Hexacyclinol Debate Heats Up (C&EN)
[参考] 今月のお知らせと訂正とお詫び (有機化学美術館・分館)

5) 論文取り下げとその裏にあった話
 サイエンス誌と米国化学会誌(JACS)は、結果に再現性がないとして著名な化学研究室の論文 2 件を撤回。その裏で起きた恐喝未遂や自殺をほのめかす脅迫。詳しくは以下をどうぞ。 
[参考] A Dark Tale Behind Two Retractions (Science)

上の記事を書くに当たっては 2009: A Year for Faked Science を参考にさせていただきました。それから少々センセーショナルなタイトルを付けてしまいましたが、例年よりもそういった話題が多い印象だったというだけで、もちろんそれ以上に数多くの素晴らしい化学が報告された一年でもありました。その一部は C&EN の Chemical Year In Review 2009 に紹介されていますので、コタツでミカンでも食べながら目を通してみてはいかがでしょうか。

気ままに有機化学 2009年12月26日 | Comment(9) | TrackBack(0) | 論文 (その他)

珍しい不斉反応 Parallel Kinetic Resolution

不斉触媒反応はおおまかに 2 つに分類されます。1 つはプロキラルな基質から片方のエナンチオマーの生成物を優先的に生成するもの、そしてもう 1 つは片方のエナンチオマーの基質を優先的に反応させる Kinetic Resolution です。これらはご存知の方が多いかと思います。そして珍しい反応ですが実は 3 つ目があります。基質の両方のエナンチオマーを異なる生成物に変換する Parallel Kinetic Resolution です。

下図に示すように、Kinetic Resolution が片方のエナンチオマーが生成物に変換され他方のエナンチオマーが未反応で残るのに対し、Parallel Kinetic Resolution ではそれぞれのエナンチオマーが別々の生成物に変換されるのが特徴です。それら 2 つの生成物がジアステレオマーの場合を "Stereodivergent Kinetic Resolution"、構造異性体の場合を "Regiodivergent Kinetic Resolution"、異なる化合物の場合を "Chemodivergent Kinetic Resolution" などと呼ぶようです。


そして先週の Science に Regiodivergent Kinetic Resolution が報告されました [論文1]。光学活性イットリウム−サレン 2 量体錯体を触媒としたアジリジンとトリメチルシリルアジドとの反応で、R体からはアジリジン環の無置換炭素側から開環が起こり、S体からは置換炭素側から位置選択的・立体選択的に起こったとのこと。極めて高い選択性を達成しています。また、面白いことに得られた 2 つの生成物のキラリティーは一致しているため、この 2 つは化学変換によって単一のジアミン誘導体にすることができます。


メカニズムがよくわかっていないようなのが残念ですが、今年報告されたもう 1 つの Regiodivergent Kinetic Resolution ではメカニズムの概要のようなものが提唱されていますのでご参照ください [論文2]。また Parallel Kinetic Resolution 全般に関しては Denmark グループの セミナー資料 がよくまとまっています。

まだまだ報告例は少ないですが、こういった反応が一般的になってきたら、全合成でキラルなフラグメント 2 種を Parallel Kinetic Resolution で一挙に作り上げる 「一石二鳥」 な報告なども (実用的かどうかは別として) いつか出てくるかもしれませんね。

[論文1] "Regiodivergent Ring Opening of Chiral Aziridines" Science, 2009, 326, 1662.
[論文2] "Reagent-Controlled Regiodivergent Resolution of Unsymmetrical Oxabicyclic Alkenes Using a Cationic Rhodium Catalyst" J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 444.
[報道1] "Single catalyst gives two products from racemic mixture" (Chemistry World)
[報道2] "Regiodivergent Reaction" (C&EN)

気ままに有機化学 2009年12月22日 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論文 (反応)

化学者のためのメリークリスマス!


クリスマスもいよいよ今週ですので、今回はクリスマスと化学に関連する話題を集めてみました。

化学者にぴったりのクリスマスカード (気ままに有機化学)
 まずは研究室の友達や教授、会社の同僚や上司にご挨拶から。もちろん恋人に送っても喜ばれること間違いありません。笑

クリスマス化学史 元素記号Hの発見 (化学者のつぶやき)
 カノッサの屈辱というバラエティ番組。驚くべきクオリティの高さ。家族や恋人と一緒に見るもよし、一人で実験の合間に見るもよし。

クリスマスツリー現象 (技術系サラリーマンの交差点) 
 クリスマスにガスクロマトグラフィーを打つ人は必見!ガスクロでクリスマス気分が味わえるなんて知りませんでした。

尿素のクリスマスツリー (わくわく理科タイム)
 お子様のいるご家庭は是非どうぞ!実験でクリスマスツリーを見に行く暇のない大学院生も研究室の尿素で作ってみては?

素敵な化学アクセサリー "Made with molecule" (気ままに有機化学)
 彼氏彼女へのクリスマスプレゼントにいかがでしょうか?ちなみに、この記事のトップ画像は PEACE ペプチドカードと同じ仕組みですね。

クリスマスプレゼントにしたいおもちゃ (Amazon)
 分子模型よりも楽しめるかもしれない幾何学玩具。すべての年齢層の方へ。
 ・ ジオマグ マルチカラー 132
 ・ NeoCube ネオキューブ & ミニキューブ セット
 ・ ワミー ベーシックセット1

UIUC Christmas Chemistry Show (You Tube)
 イリノイ大学のクリスマス化学ショー。一度生で見てみたい。


気ままに有機化学 2009年12月21日 | Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーブレイク

シクロパラフェニレンの合成: 論文3報


シクロパラフェニレン (Cycloparaphenylene) はベンゼン環をパラ位で環状につなげたものであり、カーボンナノチューブの部分構造にあたります。材料科学や超分子科学の分野からも関心が寄せられている分子ですが、つい最近までその合成は達成されませんでした。合成を難しくしているのはそのひずんだ構造です。例えばベンゼン環が 8 個つながったものでは 74 kcal/mol ものひずみがあると計算されています。

そんなシクロパラフェニレンの初めての合成が 2008 年末に JACS に報告されました [論文1]。鍵となる合成戦略は、ひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキサジエン環を組み込んだ状態で環化させて、その後芳香環化させるというものです。実際にこの方法で [9]-, [12]-, [18]シクロパラフェニレンの合成を達成しました。


ただ、この合成は芳香環化の前駆体の合成が非選択的で n=1,2,4 を混合物として得ていました。2009 年 7 月、伊丹健一郎教授らによって[12]シクロパラフェニレンの選択的合成が発表されました [論文2]。合成戦略は少し似ていて、ひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキサン環を組み込んだ状態で環化させ、その後芳香環化させるというものです。カップリング反応を巧く使って、芳香環化前駆体を選択的に合成することに成功しています (詳細は論文参照)。


シクロパラフェニレンではありませんが、ひずんだ芳香環をもつ Haouamine A のラージスケール合成 において、Baran らはひずみエネルギーを解消するためにシクロヘキセノン環で大員環を巻いた後、芳香環化するという戦略を取っています。これらを見て私は、ひずんだ芳香環はシクロヘキサン環で導入して芳香環化するのが定石となりつつあるのかな、と思っていました。

ところがつい最近、山子茂教授らによって全く新しい戦略のシクロパラフェニレンの合成が報告されました [論文3]。何と正方形の白金錯体を臭素で還元的脱離させ、シクロパラフェニレンを合成するというのです (白金の結合角はほぼ 90 度のため白金錯体にはほとんどひずみがなく、また芳香環化ではなくベンゼン-ベンゼン結合の形成が鍵反応)。この方法は[4n]シクロパラフェニレンのユニバーサルな合成法になるのでは、とのことです。


ふと思ったのですが、正方形の白金錯体が円形のパラシクロフェニレンに変わる反応、手品の 『変形リング』 によく似ていますね (下記動画)。現代の有機合成反応を過去の人が見ればどれも手品のように見えるでしょうけど、これほど手品のような反応は他にないのではないでしょうか?笑。


[論文1] "Synthesis, Characterization, and Theory of [9]-, [12]-, and [18]Cycloparaphenylene: Carbon Nanohoop Structures" J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 17646.
[論文2] "Selective Synthesis of [12]Cycloparaphenylene" Angew. Chem. Int. Ed., 2009, 48, 6112.
[論文3] "Synthesis of [8]Cycloparaphenylene from a Square-Shaped Tetranuclear Platinum Complex" Angew. Chem. Int. Ed., 2009, Early View.

気ままに有機化学 2009年12月17日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 論文 (合成)

最近気になった化学系マンガ・言葉・本・検定 2009/12/12

◆ ウェブ化学マンガ
 ・ よい子の化学マンガ「もやすもん」 (毬藻.net 美術部出張所)
 ・ The☆合成系女子 (毬藻.net 美術部出張所)
 ・ アカデミックあるある4コマ (どきどきジャイレース)

マンガ 「種の起源」 より科学者の名言
 ・ 「知恵は、『なぜ?』 から始まる。」 ソクラテス
 ・ 「自然が本当に好きなら、あらゆる所で美を見いだせるだろう。」 ゴッホ
 ・ 「それを思いつかなかった私はなんと馬鹿なのだろう!」 ハクスリー
 ・ 「一時間でも時間を無駄にできる者は、人生の価値をまだ発見していない。」 ダーウィン
 ・ 「『だれが正しいか』 ではなく、『何が正しいか』 が重要である。」 ハクスリー

◆ 最近/近日発売の有機化学系の本
 ・ 天然物全合成の最新動向
 ・ 有機金属化学
 ・ 有機機能化学
 ・ Let’s Startケミストリー―Lamb教授の英語ライブ講義で学ぶ
 ・ 科学キャラクター図鑑 周期表―ゆかいな元素たち

◆ けんてーごっこ 「化学英語-Chemical English- 有機化学編」
  





気ままに有機化学 2009年12月12日 | Comment(2) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本