IUPAC命名法と言葉、早口言葉、数詞

有機化学者は3つの 「言葉」 を使っているように思います。英語、構造式、そして IUPAC 名。

Wikipedia によると 「言葉」 は 『話す・書くなどの行為をする事によって情報伝達手段となりうる、意味があるものの総称』 だそうです。これに則れば、構造式は分子の構造情報を表す 「言葉」 であり、また、IUPAC 名も構造式の情報を表わす 「言葉」 と言えるのではないでしょうか。 (構造式も IUPAC 名も、知らない人にとってはチンプンカンプンという意味でも 「言葉」 に近い)

構造式という 「言葉」 と IUPAC 名という 「言葉」 を翻訳するには IUPAC 命名法というルール (文法) を憶える必要があったのですが、技術の進歩はこれを不要のものにしました。自動翻訳機の登場です。今では ChemDraw で 「Structure」 → 「Convert Structure to Name」/「Convert Name to Structure」 をクリックするだけで翻訳できるのです。とても便利なので私も活用してますが、利用を超えて依存にならないように気をつけたいところです。

閑話休題。無駄話が随分と長くなりました (以下もすべて無駄話ですが)。

さて、IUPAC 命名法で炭素数 8888 のアルカンを命名してみましたので、早口言葉で一気に読み上げてください。


octaoctacontaoctactaoctaliane


一度で言えたアナタ、有機化学者よりもアナウンサーの方が向いてるかもしれませんよ!笑

さて、ここである違和感を感じた人もいるかと思います。IUPAC 命名法での数の表わし方です。あまり意識したことがない人も多いと思いますが、IUPAC 命名法では、一の位 → 十の位 → 百の位 … という風に低い位 (桁) から順に数を表すのです (octa=8、octaconta=80、octacta=800、octalia=8000、8888 は 8・80・800・8000 と表す)。日本語でも 「八千八百八十八」 と高い位からですし、英語でも "eight thousand eight hundred and eighty eight" などと高い位からなので不思議ですよね。

しかし、世界には低い位から表わす言語もあり、例えばドイツ語で 21 は "einundzwanzig" (ein=1, und=and, zwanzig=20) ですし、オランダ語でも "eenentwintig" (een=1, ent=and, wintig=20) です。IUPAC 命名法はこういった言語体系の影響を受けているのかもしれません。

ちなみに、順序以外にも理解しがたい数の表し方はあって、例えばフランス語では 69 までは普通なのですが、70 は "soixante-dix" (60・10)、80 は "quatre-vingts" (4つの20)、90 は "quatre-vingt-dix" (4つの20・10) と二十進法が混ざります。更にデンマーク語では、60 を "tresindstyve" (3×20)、50 を "halvtredsindstyve" (2と1/2×20)、70 を "halvfjerdsindstyve" (3と1/2×20) などと表わすのだそうです。きっとデンマーク人は暗算が得意なのでしょう。

…いつの間にかすっかり有機化学と関係のない話になってしまいました。
私も有機化学者よりも比較言語学者の方が向いているのかもしれません。笑

[参考] 言葉IUPAC 命名法 (Wikipedia)

気ままに有機化学 2009年05月30日 | Comment(6) | TrackBack(0) | 用語・英語

ボロン酸の進化した形

 鈴木-宮浦カップリングをはじめとして N-アリール化反応や共役付加反応など今やボロン酸の有機合成化学での有用性は不動のものの1つとなりました。しかしながら、例えば鈴木-宮浦カップリングでは、リガンドのデザインに関しては 「これでもか」 というほど研究が重ねられているものの、ボロン酸自体については長年放置されてきたように思います。ようやく最近になってボロン酸の改良についての報告が相次いでなされるようになりました。
 今回はボロン酸の進化した形として、トリフルオロボレート、環状トリオールボレート、MIDA ボロネートの 3 つを簡単に紹介します。いずれも sp2 ホウ素の空軌道をブロックすることで安定性を飛躍的に高めている のが特徴です。

(1) ボロン酸、ボロン酸エステル/boronic acid, boronic ester
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 芳香族ボロン酸は比較的安定ですが、電子求引基をもつ芳香族やヘテロ芳香族・アルキル・アルケニル・アルキニルボロン酸は湿気による分解があり、取り扱いや保存性に難点があります。また、一般にボロン酸は単離や精製が困難なことが多く、また脱水三量化しボロキシンを形成するため量論量が定まらないといった問題もあります。また、反応耐性も狭く、ホウ素導入後すぐに反応に使うのが一般的です。

(2) トリフルオロボレート/trifluoroborate
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 そんなボロン酸・ボロン酸エステルの欠点を克服すべく、2000 年前後から報告が急増しているのがトリフルオロボレートの化学。調製法は、ボロン酸あるいはボロン酸エステルに KHF2 を反応させるだけで多くの場合収率よく対応するトリフルオロボレートのカリウム塩が得られます。これは結晶性の固体で空気や湿気に安定で長期保存が可能。また、ビニルボロン酸(エステル)は極めて不安定ですが、ビニルトリフルオロボレートは 100g スケールでも合成可能なんだとか!また、反応耐性も広く、ある意味ではボロン酸の保護基とも言えそうです。

[総説] "Potassium Organotrifluoroborates: New Perspectives in Organic Synthesis" Chem. Rev. 2008, 108, 288-315.
[総説] "Organotrifluoroborates: Protected Boronic Acids That Expand the Versatility of the Suzuki Coupling Reaction" Acc. Chem. Res. 2007, 40, 275-286.

(3) 環状トリオールボレート/cyclic triolborate
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 トリフルオロボレートはボロン酸のいくつかの欠点を補った改良型ですが、一方で多くの有機溶媒に溶けにくく、フッ素原子の高い電気陰性度のために遷移金属触媒に対する反応性が低いなどの改良の余地を残していました。そこで、宮浦憲夫教授らのグループ (鈴木-宮浦カップリングの開発者の宮浦先生) は、2008 年に環状トリオールボレートを新規ホウ素反応剤として報告しています。
 調製法はトリオールとの加熱脱水によりボロン酸エステルにした後、水酸化カリウムなどの強塩基を加えてさらに脱水することでトリオールボレート塩が多くの場合収率よくできるようです。このトリオールボレートは鈴木-宮浦カップリングでは塩基の添加なく反応が進行し、またアリールブロミドとの反応ではほとんどの場合に配位子の添加なく反応が進行するそうです。また、N-アリール化反応ではホウ酸やトリフルオロボレートよりも反応性が良いことを比較して示しています。現在、和光純薬から十数種類発売されています。

[文献] "Cyclic Triolborates: Air- and Water-Stable Ate Complexes of Organoboronic Acids" Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 928-931.
[総説] "有機環状トリオールボレート塩を用いる遷移金属触媒反応" 和光純薬 pdf
[総説] "トリオールボレート塩:金属触媒反応用に開発されたホウ素試薬" 和光純薬 pdf

(4) MIDA ボロネート/MIDA boronate
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 MIDA とはN-メチルイミノ二酢酸の略語で、これでボロン酸を保護する方法論がイリノイ大学の Martin D. Burke らのグループによって 2007 年から何報も JACS に報告されています。MIDA ボロネートは取り扱いが容易で、空気や水に安定かつクロマトグラフィーで精製可能、反応耐性も極めて広い。また調製(ボロン酸と加熱脱水など)や脱保護(温和な塩基性水溶液)も容易。さらに、興味深いことに、通常の無水のクロスカップリング条件下では不活性であり、含水系では活性となることがわかっており、この性質を利用してこれまで不可能だった経路での天然物の合成をいくつも報告しています。
 すでに Sigma-Aldrich 社から数十種の MIDA ボロネートが販売されており、中には通常のボロン酸では不安定すぎて作れないようなものもあります。面白いことに、論文の Acknowledgment に目を凝らすと、最初は "acknowledge Sigma-Aldrich for a gift of Pd(PPh3)4" だったのが "for gifts of reagents" に変わり、最近では "for funding" にまで変わっており、手を組んでいく様子が手に取るようにわかります。こういう風に論文を楽しむのもまた一興ではないでしょうか。

[総説] "ボロン酸MIDAエステル:反復クロスカップリング用の低反応性ボロン酸誘導体" Sigma-Aldrich pdf
[論文] "A General Solution for Unstable Boronic Acids: Slow-Release Cross-Coupling from Air-Stable MIDA Boronates" J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 6961–6963.

 今回はボロン酸の進化した形として、トリフルオロボレート、環状トリオールボレート、MIDA ボロネートの 3 つを簡単に紹介しました。個人的には MIDA ボロネートが頭1つ上かなという印象ですが、これから更にボロン酸は進化するかもしれませんね。

[関連] ボロン酸をタグにした多段階 Phase-Switch 合成 (気ままに有機化学)

気ままに有機化学 2009年05月27日 | Comment(4) | TrackBack(0) | 論文 (その他)

結合切断のハサミを綺麗に描く方法

結合切断のハサミ、ときどき論文やプレゼンテーションで見かけるようになりましたね (例えば この論文 の Graphical Abstract)。創薬化学でも合成展開 (薬の候補化合物の構造変換) で 「ここの結合を切っってこっちでつなげた化合物を作ってみました」 なんて時にハサミを使っているのを見かけます。そんな結合切断のハサミ、私は使ったことがなかったのですが、会社の同期が使っていて書き方を教えてもらったのでご紹介まで。

画像ファイルを使ってもいいのですが、拡大や回転させたときにどうしても汚くなってしまいます。そこで役立つのがフォント。

@ 半角でダブルクォーテーションマーク 「"」 (Shift+2) を書く。
A フォントを 「Wingdings」 に変換する。
B 「Object」→「Rotate」 で好きな角度に調節する
C 色を変えたり配置したりして完成!

090521-1.bmp

これで拡大縮小・反転回転しても綺麗なハサミが ChemDraw 上で書けます。ちなみにフォント 「Wingdings」「Wingdings2」「Wingdings3」「Webdings」 でキーボードを叩くと様々なフォント絵が出せるのでお試しください。下に 「Wingdings」 で化学で使えそうな (?) ものをいくつか並べてみました。 

090521-2.bmp

以上、フォントを利用して結合切断のハサミが綺麗に書けるという、嘘のようなフォントの話でした。笑。他の方法をご存知の方はコメント欄等でお知らせください。

他の ChemDraw のテクニックは柴崎正勝研の ChemDrawTIPS:ペンツール(ベジエ曲線)の使い方ChemDrawTIPS:もう一工夫 によくまとまっていますので、未読の方は目を通してみては?

[関連1] ChemDraw を使いこなすための参考資料 [日本語] (気ままに有機化学)
[関連2] ChemDraw を貼った文書の PDF 化トラブルと解決策 (気ままに有機化学)

気ままに有機化学 2009年05月22日 | Comment(4) | TrackBack(0) | コーヒーブレイク

気ままに有機化学、ChemPort、更新情報。


[変更] ヘッダー画像
 ヘッダー(最上部の画像)部分を低くし、コンテンツを見やすくしました。

[追加] 日替わり有機化学
 ヘッダー部分に 「日替わり有機化学」 を新設しました。その名の通り、日替わりで有機化学系の小ネタを紹介するコーナーです。私が旅行に出かけている間も自動で日替わりします。これは、毎日見に来て下さる方がいらっしゃるのに週に一度程度しか新しい記事が書けないことを申し訳なく思っていたのと、ヘッダー部分が単なる画像だけではスペースがもったいないと思ったため、新設したものです。

[追加] メールフォーム
 右上の気ままに有機化学のロゴ画像の下に 「Mail」 ボタンを新設しました。これにより管理人(私)に連絡を取ることができます。押していただけばわかりますが、メールフォーム形式で、お互いにメールアドレスを公開せずにメールが送れます。匿名でのメールも可能ですので、気軽にご意見・ご感想・ネタの提供などお寄せいただければと思います。もし私からの返事が必要な場合はメールアドレスの欄に記入をお願い致します。

chemport

[変更] ヘッダー画像
 ヘッダー(最上部の画像)部分を低くし、コンテンツを見やすくしました。

[追加] Nature、Science、C&EN、有機化学の略語一覧、環構造の名前と附番
 近年、Nature や Science 誌にも有機化学の論文が掲載される機会が増えてきたことを受けて 「ジャーナル」 欄に NatureScience を追加しました。「有機化学サイト」 欄に C&EN を追加しました。「有機便利リンク」 欄に柴崎正勝研より 有機化学の略語一覧 を、東京化成より 環構造の名前と附番 を追加しました。

[追加] メールフォーム
 ChemPort の右上あたりに 「管理人に連絡」 ボタンを新設しました。これにより管理人(私)に連絡を取ることができます。押していただけばわかりますが、メールフォーム形式で、お互いにメールアドレスを公開せずにメールが送れます。匿名でのメールも可能ですので、気軽にご意見・ご感想・ネタの提供などお寄せいただければと思います。もし私からの返事が必要な場合はメールアドレスの欄に記入をお願い致します。

これからも気ままに有機化学、ChemPort をよろしくお願い致します。

気ままに有機化学 2009年05月11日 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース

最近気になった化学系サイト・動画・本

自然から学んだ、驚きの化学物質:画像ギャラリー (WIRED VISION)
 シキミ酸、シガトキシン、バークレー酸、225H、ゲオスミン、とそれらにまつわるエピソード。雨の匂いが土壌中のバクテリアの作り出すゲオスミンの匂いというのは知らなかった。

世界で一番硬い物質 (有機化学美術館・分館)
ダイヤモンドはもはや世界で最も硬い物質ではない (GIGAZINE)
ロンズデーライト (wikipedia)
 ダイヤモンドよりも 1.6 倍硬い炭素の同素体、ロンズデーライト。炭素の同素体も随分増えて、ダイヤモンドロンズデーライトグラファイトグラフェンフラーレンカーボンナノチューブカーボンナノホーンカルビン無定形炭素。おそらく最も同素体が多い元素ですね。

化学のブレークスルー [有機化学編] (化学同人)
 別冊化学より、有機化学者にオススメの本です。Amazon では扱ってませんが、私は大型書店のジュンク堂で買いましたし、リンク先の化学同人からでも購入できます。
 第一部では、上村大輔、柴崎正勝、林民生、富岡清の 4 人が有機化学のこの 10 年とこれからについて語り合います(主に有機分子触媒、ダイナミック触媒、分子マシン、ケミカルバイオロジー、二酸化炭素固定、水素活性化、若い有機化学者に期待するもの、について)
 第二部では、15 人の著名な有機化学者が各々の分野の革新論文を 5 つ紹介。Graphical Abstract や Reference も全てに付けられていて、用語解説や図版も充実しています。さらに 「この 10 年を振り返り、その未来を語る」 というコーナーで紹介した革新論文の総括やこれからの展望などが熱く語られています。また、「私が選んだこれからの有機化学をつくるフロントランナー」 では各々 5 人の有機化学者を紹介。有機化学好きには堪らない一冊。

POWERS OF TEN - 10 の冪乗 (日本語字幕つき) (You Tube)
化学に関係ない部分が多いけど、私の大好きな動画。
パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅も持ってるくらい好き。

最近/近日発売の有機化学系の本
 ・ 完全攻略 化学オリンピック
 ・ JAPIC日本の医薬品構造式集 (2009)
 ・ Fieser and Fieser′s Reagents for Organic Synthesis
 ・ Hypervalent Iodine in Organic Chemistry: Chemical Transformations
 ・ Strained Hydrocarbons: Beyond the van′t Hoff and Le Bel Hypothesis
 ・ Asymmetric Synthesis of Nitrogen Heterocycles

気ままに有機化学 2009年05月02日 | Comment(0) | TrackBack(0) | サイト・ツール・本