2008年07月05日

マイクロウェーブの非熱的効果は本当にあるのか?

今回紹介する論文は私の会社のマイクロウェーブ大好きな先輩に教えていただいたものです。2008 年初頭の JOC より、マイクロウェーブの非熱的効果 (nonthermal effects) が本当にあるのかどうかを検証した論文 [論文1] です。

マウクロウェーブ合成装置はマイクロ波を照射して荷電粒子や電気双極子を振動・回転させることにより急速に加熱するものです。オイルバスなど外部熱源による加熱に比べて熱伝導や対流の影響がほとんどなく、急速に均一に加熱できると言われています(ちなみにマイクロ波の周波数は一般的に、合成装置も電子レンジも同じ 2.45 GHz です)

ここで、マイクロウェーブによる熱的作用では説明がつかない現象が幾つも報告されており、マイクロ波そのものによる反応の促進があるのではないかという非熱的効果が想定されています。例えば、下図のように同じ条件なのに収率や選択性が変わる現象が報告されています。しかし、非熱的効果を主張する論文は現象論がほとんどで、科学的な証明は行われていません。

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今回 Kappe らはマイクロウェーブ合成装置の温度測定は IR (赤外線) センサーであり、反応容器の内温ではないことに注目し、この温度差が非熱的効果と誤解されているのではないかと考え、これを検証しました。

内温を正確に測るためのファイバーケーブル温度センサーを開発し、実際に測定したところ、やはり温度差があったようです。IR センサーは合成装置の底部付近の温度を赤外線で測定しているのですが、反応容器内の温度はそれよりも高く、また上部になるほど温度が高いことがわかったのです(IR センサー 100℃ 程度に対して反応容器内上部は 170℃ 程度になることも)。つまり、マイクロウェーブ合成装置では実際には表示温度よりも高い温度の部分も生じていることがわかったわけです。

マイクロウェーブ合成装置内でも十分に攪拌してやれば内温はどこでも同じくらいになり IR センサーの温度ともほとんど同じになることがわかりました。そこで内温が同じになるような条件で上図と同じ反応を試したところ、オイルバスとマイクロウェーブでほとんど違いは見られなかったということです。

この論文では上図の2つの反応を含む4つの非熱的効果を示すような反応をバッサリ切っています。つまり、少なくともこの4つの反応に関しては「非熱的効果はない」ということになります。しかしながら全ての反応における非熱的効果が否定されたわけではないので、非熱的効果を信じる人はそれを科学的に証明するような実験を考えていただけたら、と思います。・・・個人的には非熱的効果があった方が夢があっていいと思うんだけどな。

[論文1] "Nonthermal Microwave Effects Revisited: On the Importance of Internal Temperature Monitoring and Agitation in Microwave Chemistry" C. Oliver Kappe et. al. J. Org. Chem. 2008, 73, 36-47.
posted by よっちゃん at 14:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文(その他)

2008年06月30日

ゼラチンと寒天の違い

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ゼラチンと寒天は食感は似たものがありますが、化学的には全くの別物です。
勿体ぶらずに結論から言えば、ゼラチンはタンパク質であり、寒天は多糖類です。

ゼラチンは動物性の コラーゲン を原料とするタンパク質の一種で、グリシン・プロリン・ヒドロキシプロリン・アラニンを多く含むポリペプチド鎖が3本より合わさった三重らせん構造が特徴です。一方、寒天 は藻類から採れるアガロースやアガロペクチンを主成分とする多糖類です(化学構造は こちら)。

ゼラチンはタンパク質なので、タンパク質分解酵素をもつパイナップルやキウイなどの果物を入れたゼリーは固まらなかったり固まっても果物の回りだけ溶けていたりします。寒天は多糖類なのでパイナップルを入れても固まります。ちなみにパイナップルを一度加熱してタンパク質分解酵素を失活させればゼラチンでも固まるようになります(一度お試しあれ!)。

また、ゼラチンはタンパク質なのでヒトの消化酵素によって分解されるため、少しカロリーがあります。寒天の多糖類は消化されない(つまり食物繊維)ため、カロリーはほとんどありません。「寒天ダイエット」の方が「ゼラチンダイエット」よりも有名なのは、意外と化学的根拠に基づいているのかもしれませんね。

以上、ゼラチンと寒天に関する化学トリビアでした。

なお、コラーゲンの化粧品・食材としての使用に関しては有機化学美術館の佐藤健太郎氏の新刊 化学物質はなぜ嫌われるのか 〜「化学物質」のニュースを読み解く に詳しく書かれています。化学的ウィットに富んだ良書ですので、まだ読んでない方は是非!
posted by よっちゃん at 23:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒーブレイク

2008年06月25日

ChemPort、始めました。

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こんばんは、お久しぶりです。
10日間ほど記事を書きませんでしたが、その間に ChemPort という新サイトを作りました。

サイトと言っても上の画像の1ページだけです。
左半分に 「有機化学系ブログの最新記事」 が自動で表示されるようになっています。
これにより毎日サイトを巡回して更新されているかどうかを見に行く必要がなくなります。
右半分には 「有機化学ブログ」 「有機化学サイト」 「有機便利リンク」 「ジャーナル」 「研究室(セミナー資料公開)」 へのリンクを貼りました。
実験の合間に楽しむもよし、困った時の参照にするもよし、のリンク一覧です。

私がどこからでも使えるリンク集として作ったものですが、皆様にもお使いいただき、
「このブログも追加して!」 「このリンクも追加して!」 などコメントいただけると嬉しいです。

1つだけ注意事項があります!
有機化学ブログの新着情報のリンク先は 「右クリック」 → 「リンクを新しいウィンドウで開く」 で開いてください。 そうしないと左半分にしかリンク先のサイトが表示されませんので^^;。
どうやったら直せるんだろ・・・

※ 新着情報欄に気ままに有機化学から「オススメ・スポンサーサイト」という新着情報(というか広告)が配信されていますが、これはブログ提供元が勝手に配信していたもので、今は設定を変更したのでこれ以降は配信されないはずです。新着情報欄に広告が混じったことで不快な思いをさせてしまうかもしれません、先にお詫び申し上げます。
posted by よっちゃん at 23:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | データ・ツール・本

2008年06月15日

最近気になる化学系のサイト・本

化学の驚きを堪能できる動画、トップ10 (WIRED VISION)
以前 目で見て楽しむ化学反応 で紹介したブリッグス・ローシャー反応もランクイン!
個人的には「PCRの歌」のクオリティの高さにビックリしました。

Molecules with Silly or Unusual Names
英語ですが、面白い名前の化合物やその名前の由来、パロディなどを紹介しているサイト。
身長 2 nm の子供 で紹介したナノプシャンやナノカーなど構造が面白い分子にも言及。

化学物質はなぜ嫌われるのか ~「化学物質」のニュースを読み解く (Amazon)
有機化学美術館 の佐藤健太郎氏による新刊。
6/25 発売予定ですがアマゾンで予約可能です。私も買います!

Molecules That Changed the World: A Brief History of the Art and Science of Synthesis and Its Impact on Society (Amazon)
K. C. Nicolau らによる世界を変えた分子に関する書籍。
リンク先アマゾンの「なか見!検索」で内容を一部見ることができます。
posted by よっちゃん at 03:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | データ・ツール・本

2008年06月13日

林 雄二郎 vs ベンジャミン・リスト: アセトアルデヒドの不斉反応

以前、気ままに水素移動反応 という記事の中で別々の研究室から同じ変換反応がほぼ同時期に報告されたことを紹介しました。そして最近、Angewandte 誌で林雄二郎教授 [論文1] とベンジャミン・リスト教授 [論文2] の間で熾烈な論文競争が繰り広げられていました。反応は両者とも有機触媒を用いたアセトアルデヒドのニトロオレフィンへのマイケル付加反応。

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投稿は2週間ほどリスト教授らの方が早く、オンライン出版は3日林教授らの方が早いという切迫ぶり。しかも各々いくつかの触媒を検討していますが、最終的に同じ触媒に辿り着いています。しかし違いが出たのは溶媒選択。林教授らはジオキサンを溶媒中室温下 10 mol%の触媒で高い ee と収率を弾きだしましたが、リスト教授らはアセトニトリル溶媒中氷冷下 20 mol%の触媒で全体的に数%低い ee、20%程度低い収率という結果に留まりました。

両者とも同じ反応系の設定、同じ触媒、同時期の投稿論文でありながら、溶媒選択で林教授らに軍配が上がったかな、というのが私の感想。「世界には自分と同じ研究をしている人が3人はいる」なんていうからできるだけ早く結果を出さないといけないのはもちろん、試せる条件は徹底的に試さないと…。って、これは製薬企業でも同じですね。私の関わっているテーマも世界中に競合があるので急がないと!

ちなみに、アセトアルデヒドは求核剤としても求電子剤としても反応するのでその反応制御が難しかったのですが、最近になってリスト教授らがプロリン触媒によるアセトアルデヒドの不斉マンニッヒ反応を Nature [論文3] に、林教授らはプロリノール型触媒によるアセトアルデヒドの不斉アルドール反応を ACIEE [論文4] に報告しています。思えばこの頃からお互いマイケル反応をやってることに薄々気づいていて、お互いに焦っていたのかもしれませんね。

[論文1] "Asymmetric Michael Reaction of Acetaldehyde Catalyzed by Diphenylprolinol Silyl Ether" Yujiro Hayashi et. al. ACIEE, 2008, 47, 4722.
[論文2] "Catalytic Asymmetric Michael Reactions of Acetaldehyde" Benjamin List et. al. ACIEE, 2008, 47, 4719.
[論文3] "Proline-catalysed Mannich reactions of acetaldehyde" Benjamin List et. al. Nature, 2008, 452, 453.
[論文4] "A Diarylprolinol in an Asymmetric, Catalytic, and Direct Crossed-Aldol Reaction of Acetaldehyde" Yujiro Hayashi et. al. ACIEE, 2008, 47, 2082.
posted by よっちゃん at 00:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | 論文(反応)